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湖国に春の訪れを告げる「びわ湖開き」が去る3月9日に開催されましたが、当日は、3月というのに朝から雪がチラチラと舞う大変寒い一日となりました。2月中旬は大変暖かい日が続き、このまま一気に春になるかと思いきや、週末毎に関東を含めて大寒波による降雪があるなど、気象の不安定さが年々大きくなっているように感じられます。 こうし
2月24日、「教育無償化を実現する会」として、前原誠司代表、徳永久志幹事長たちと一緒に能登半島地震に伴う液状化被害が起きた石川県内灘町を訪問しました。半島部での住宅破壊や火災からの復興もまだまだ先が見えませんが、意外と知らされていないのが液状化被害です。 内灘町では、11327世帯のうち、1割以上の1473棟が液状化被
今年もはや3月、ひな人形が各家庭や各地で飾られ、梅の花や桜のつぼみで近づく春を感じておられることと思います。 能登半島地震から2か月が過ぎました。今なお1万1625人の方が482カ所の避難所で避難生活をされています(2月28日現在)。そして11日は、12都道府県で2万人以上の死者・行方不明者が発生した東日本大震災が発生
陽ざしの中にあたたかな春の訪れを感じるようになりました。暦では「啓蟄(けいちつ)」を迎え、さまざまないのちが動き出すエネルギーを感じます。新しいステージへ旅立つ皆さんへ 県内の各施設や学校、教育機関等にて旅立ちを迎える皆さん、ご卒業おめでとうございます。これまでの学びや出会い、重ねられた努力をこれからも大切にしてくださ
滋賀県では令和6年3月に策定見込みの「しがの学びと居場所の保障プラン」のもと、子どもの多様な学びの機会と居場所を保障するため令和6年度予算で支援のない不登校児童生徒の実態調査をはじめ、文部省の不登校対策COCOLOプラン関連事業などで約3・2億円の予算を見積もっています。 滋賀県の市町においてもフリースクールなどに不登
――1787年4月4日付けの息子さんからの手紙が、お父さんが受け取った最後の手紙と聞いていますが。 レオポルト ええ、息子が私の健康状態について、どこからか噂を聞いて、書いてきてくれたんだと思いますが、死の床につく私の不安を和らげようと、お見事な説教をしてくれましたよ。「死は、僕らの人生の真の最終目標ですから、僕はこの
令和6年2月県議会が開会中です。毎年2月議会では、新年度の予算案を中心に、関連する条例改正案などが知事から提案され審議が行われます。その中で、新年度の県の組織改正にあたって新たに「こども若者部」を設ける条例改正案が提案されました。知事の子どもを真ん中においた政策を積極的に進めるという方針に伴うものですが、これまでから「
皆さんは、日野町の「町民憲章」をご存知でしょうか。「わたくしたち日野町民は」から始まり、以降5つの文で構成されています。�@「健康を増進し体位の向上につとめましょう(健康の町)」�A「教養を高め文化の発展につとめましょう(文化の町)」�B「生業に励み豊かな生活を営みましょう(豊かな町)」�C「よい伝統を守り進取の気象を
GI登録と聞いてもあまりご存じない方が多いと思います。GIとは英語の「Geographical Indication」を略したもので、Geographicalは「地理的な、あるいは地域特有の」を、Indicationは「(存在を示す)表示」を意味しています。農林水産省は、その地域ならではの自然的、人文的、社会的な要因の
日本でもっとも多い花粉症は、春先から見られるスギ・ヒノキ花粉症です。 花粉の飛散量が多いと症状も悪化しますから、花粉症患者にとっては、今シーズンの花粉の飛散量はどのくらいなのか、いつから花粉が飛び始めるのか、毎年気になります。 花粉を飛ばすのはスギ・ヒノキの雄花で、花粉の量は前年の夏の気象に大きな影響を受けると言われて
正月早々能登半島を襲った地震から2カ月が過ぎようとしています。 お亡くなりになった方々に対し哀悼の意を表すとともに、被災者の皆様へのお見舞いと一日も早い復旧、復興を祈念いたします。 発災直後から東近江行政組合消防本部の救助隊を派遣し、市としては、損壊建物の調査や給水車の派遣、避難所支援要員の派遣等間断なく支援を続けてお
不登校になる児童生徒が年々増え続けています。10年前には12万人にみたなかったのですが、昨年度はついに30万人を超えました。そしてそのうちの11万4千人が学校内外の専門的機関等で相談や指導を受けておらず、そのなかには90日以上の不登校である子供たち4万6千人も含まれています。不登校になる理由は様々ですが、近年の急増ぶり
去る2月11日、私が事務局を務める滋賀県がん対策推進議員連盟(通称がん議連)の主催により、甲賀市まちづくり活動センター「まるーむ」におきまして、「『がん』と『向き合う』フォーラムinこうか」を開催致しました。 滋賀県がん対策推進議員連盟は、滋賀県のがん対策を一層進めるため、平成25年12月に議員提案により「滋賀県がん対
暦では立春ですが、先月24日の大雪で名神高速道路関ヶ原付近で大規模な車両滞留が発生し、今月6日は関東地方に大雪警報が発出されるなど、春はまだ少し先のようです。 能登半島地震から1か月が過ぎましたが、いまだに約1万5千人の被災者の方が寒波の中で避難所生活されています。仮設住宅の入居も始まりましたが、車上生活されている方が
滋賀県では今年の3月をめどに「滋賀地域交通ビジョン」を策定し、2040年代を見据えて誰もが、行きたいときに、行きたいところに移動ができる、持続可能な地域交通を目指して様々な施策を行うことになります。そのための財源として交通税導入の可否についても議論が始まります。 こうした中で昨年12月に川勝健志京都府立大学教授の「脱炭
――1785年5月には、息子さんのいるウィーンから、またザルツブルグに戻られていますが、お父さんご自身は、どんな暮らしぶりだったのですか。 レオポルト 実は、前年の1784年に、娘は結婚をして、ザンクト・ギルゲンに移り住んでいましたから、寂しい一人暮らしですよ。寂しさが特に身に沁みるのは、夜ひとり食事を終えて、ぼんやり
能登半島地震の発災から1ケ月が経ちました。多くの人が亡くなり、いまだに避難所暮らしの人たちは1万人を超えています。心からお見舞い申し上げます。少しでも避難所暮らしの困難が改善され、復興が早まるよう、国会でも議論を進めていきます。 発災直後に大事な「三種の神器」を私は常々「TKB(トイレ、キッチン、ベッド)」として「生活
能登半島地震において被災をされた皆様に心からお悔やみとお見舞いを申し上げます。時間はかかりますが、皆で支えあう輪を広げていきたいと思います。今年も早2月となりました。1953年(昭和28年)2月1日午後2時、東京放送会館のスタジオから「JOAK―TV、こちらはNHK東京テレビジョンであります」とテレビ放送が始まりました
元日に起きた令和6年能登半島地震から1か月となりました。お亡くなりになられた方々に深く哀悼の意を表するとともに、被災された方々に心からお見舞い申し上げます。滋賀県からも被災地を支援しています 地震発生直後から、本県の緊急消防援助隊や警察の広域緊急援助隊が被災地に赴き、救助活動を行いました。 また、県職員一丸となって被災
令和6年能登半島地震で亡くなられました方々のご冥福をお祈りいたしますとともに、被災されました方々にお見舞い申し上げます。 さて、私は県議会の11月定例会議で「建設業の2024年問題」で質問に立ちました。 働き方改革は、労働環境を見直し「誰もが働きたい時に働ける」社会の実現を目指すものです。その改革の内容は「残業時間の上