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♪峠越えれば高原の山の青さが目にしみる♪高校の修学旅行で大分交通のバスガイドさんが教えてくれた歌の一節。別府温泉から九重高原をぬけて阿蘇山へ。美しい風景を眺めつつ歌いました。先月、九重町で「小さくても輝く自治体フォーラム」が開催されました。大分県の町村は4つしかなく有名な湯布院町も合併して今はありません。フォーラムでは
先日、びわ湖の森の生き物研究会公開シンポジウムに参加させていただきました。この研究会は、琵琶湖周辺の生き物の生態を紹介し、琵琶湖から源流域までの生態系の一体的な森林保全活動を目的とした研究会で、これまで地道な活動により様々な成果をあげてきている専門家集団です。 我が国の国土のおよそ7割は森林で、かつてこの森林は、私たち
毎年5月3日の憲法記念日は、竜王町山之上の恒例の大祭である“ケンケト祭り”が挙行されます。この祭りは、11歳から21歳までの男子が揃いの友禅模様の衣装を着て、鉦や太鼓を打ち鳴らしながら氏神様に薙刀踊りを奉納する郷土色豊かなもので、国選択無形民俗文化財の指定を受けています。また、ケンケト祭りの保存等にご尽力いただいている
今から思い返しますと、県議会議長室に大きなバックを3つ抱えて「知事選に出たい。支援をお願いしたい。」と飛び込んでこられたのが「嘉田由紀子さん」で、平成18年2月のことでありました。 学芸員であった嘉田さんは、政治家としては正に素人、大丈夫かと思いきや「もったいない」を連発して、無駄を省き県政を県民の手に、という意気込み
NHKの連続テレビ小説「花子とアン」が好評です。時は明治時代。主人公の花子は、甲府の貧しい小作農の長女。花子は本を読むのが大好きで父親の勧めで東京のキリスト教系の女学校に入学。「上流階級」のお嬢さん達と勉学に励み明るく前を向いて生きる姿に好感を覚えます。当時、子どもも「労働力」で家事、畑仕事などで学校にも満足にいけませ
総務省の発表によると、昨年10月1日現在の日本の総人口(外国人を含む。)は、1億2千729万8千人で、前年より21万7千人も減少しました。今回の発表で注目すべきは、65歳以上の高齢者の割合が初めて4分の1を超えたという点で、少子高齢化が一層進んだことが伺い知れます。 今後も高齢者の割合が高くなり、社会に様々な変化が出て
国民の医療費が40兆円に届くのも時間の問題と言われています。先進諸国の医療費がGDP(国民総生産)対比8.2%ですので、日本も医療費対応に本腰を入れねばならない時に来ています。高齢化社会に向って医療費の増加はやむを得ない面もありますが、寝たきりの方は一人でも少なく、できるかぎり介護のお世話にならなくて済むように、健康づ
こんにちは。中国語ではニーハオ、韓国語ではアンニョンハセヨ。3月上旬、中国の大学生が30人、2月に韓国の高校生55人がやってきました。日野町に田舎体験で都会の子どもたちが修学旅行などで毎年3000人以上来てくれます。外国からも来てくれます。政府が進める東アジア青少年交流事業は、日本の首都東京を観て京都や奈良などで日本の
3回目の3.11を迎えました。18,000人を超える死者・行方不明者を出した東日本大震災から3年が過ぎたのです。あの日の悲惨な光景を、まるで特撮映画のワンシーンのような感覚でテレビの中継映像を見ていたことを思い出します。当時、私は滋賀県防災危機管理監の職にあり、県内の被害状況等について情報収集を指示し、県としての対応に
“果報は寝て待て”“待てば海路の日和あり”“急いては事を仕損じる”何れも類似の意味を持つことわざであります。 あまり急いでも良き結果が得られるとは限りません。じっくりと落ち着いて物事を考え、見定め、機会を待つことが大切ですと言う意味のことわざであります。 気持ちばかり焦ってうまくいかなかった例や失敗してしまった例は誰し
立春が過ぎても雪がよく降りました。雪の下でも転作田の麦の緑の芽はすくすくと伸び、畑のキャベツやホウレンソウもじっと寒さに耐えています。春夏秋冬、自然の営みの中で動物も植物も生きています。先月、小学校で食育の授業を見学しました。この日の給食は地元産の豚肉を使ったしょうが焼き、キャベツを使ったみそ汁、日野菜漬がメニュー。授
先日、滋賀県地方六団体シンポジウムが愛東コミュニティセンターで開催されました。県内の六団体である滋賀県、県議会、市長会、市議会議長会、町村会、町村議会議長会らの関係者約370人が一堂に会したシンポジウムは、「みんなで考える自治」をテーマに地方分権改革の議論を深める機会となりました。 平成5年に衆参両院で「地方分権の推進
昨年の12月17日に福島県新地町と本町の間で、災害時の相互応援協定を結ばせていただきました。新地町とは東日本大震災時の支援以来ずっと交流を続けおります。昨年は本町の民生委員の皆さんが新地町を訪ね、また新地町の小学生を本町へ迎えました。協定調印式には新地町長にお越しいただき、その場で「尚英中学校256の軌跡 ~2011.
平成25年度の日本の人口動態が明らかになりました。それによりますと出生数は103万1千人、昨年より6千人減少で、3年連続で過去最少とか。又、死亡数は127万5千人、昨年より1万9千人の増、即ち自然減として24万4千人、これも過去最高とか。更に合計特殊出生数1.41、この数字から2060年(平成80年)には、日本の総人口
近江日野商人館の新春企画展に併せて「日野商人が江戸から発送した赤穂浪士討ち入り当日の速報手紙」が展示されます。播州赤穂の浪人、大石内蔵助ら47士は主君浅野内匠頭の無念を晴らそうと江戸本所(ほんじょ)の吉良上野介の屋敷に12月14日討ち入りました。吉良邸での茶会の後の深夜の奇襲攻撃により仇討は見事成功し上野介の御首をあげ
平成25年も残り少なくなりました。この時期、誰もが今年一年を振り返ってみて、こんなことあんなことがあったなあ、と思いを巡らせることが多くなるのではないでしょうか。 今年特に印象に残っているのは、まず、台風18号襲来と大雨による市域への被害対応に奔走したことです。能登川地区では住宅床上浸水となったのをはじめ、全市的に農業
11月10日(日)は三井アウトレットパーク滋賀竜王内にて町内農産品直売の「グランまるしぇ」を開催致しました。今回は、初めての音楽ライブとジョイントしての企画であり、私も午後三時から応援にまいりました。朝から降り続いていた雨も何処吹く風とばかり、アウトレット内はたくさんのお客様で賑っていました。 “こんなぐずついた日です
市長に就任して、12月13日で早や7年が経ちます。平成18年12月14日から平成22年3月20日迄は旧近江八幡市長、その後安土町と合併し、現在まで新近江八幡市長として市政運営を預かっております。振り返りますと、政治の世界に身を寄せたのが、昭和62年4月の市議会議員からで、以降、市議1期、県議4期、そして現在の市長と務め
木々が色づき晩秋を実感する季節。今年も日野町に修学旅行などで都会の子どもたち3千人が来てくれました。先週やってきた大阪の小学生、柿の木に登って実をもぎとり「おじさん、どうしたらいい?」「皮を手で拭いてかぶりつきな」「わぁおいしい」。かつて当たり前であった体験も子どもたちには新鮮。豊かな自然と人情味に触れた2泊3日の修学
東近江市の東に目を向けると、南北およそ60キロメートルにわたる鈴鹿山脈が威風堂々とそびえています。天下分目の関ヶ原を北に、東海道の難所と言われた鈴鹿の関を南に配し、そのほぼ真ん中を東西に結ぶ国道421号(八風街道)に、4.5キロメートルの石槫トンネルが開通してから2年半が過ぎました。 これを受けて、10月24日、三重県