日野町長 藤澤 直広
近江日野商人館の新春企画展に併せて「日野商人が江戸から発送した赤穂浪士討ち入り当日の速報手紙」が展示されます。播州赤穂の浪人、大石内蔵助ら47士は主君浅野内匠頭の無念を晴らそうと江戸本所(ほんじょ)の吉良上野介の屋敷に12月14日討ち入りました。吉良邸での茶会の後の深夜の奇襲攻撃により仇討は見事成功し上野介の御首をあげました。このときの状況を近江日野商人が12月15日付けで日野に出したという手紙が新発見されたものです。仇討は今でいえば「テロ行為」ですが当時は武士の本懐でした。ことの発端は浅野氏と吉良氏の争いを「喧嘩両成敗」というルールを幕府が破って浅野氏を切腹、吉良氏を「お咎めなし」とした「御政道(ごせいどう)」の間違いを正したもので、幕府政治に不満が募っていた民衆の喝采を受け、今も「忠臣蔵」として人気があります。
奇襲攻撃といえば、昭和16年12月8日の真珠湾攻撃。日本海軍連合艦隊は深夜にハワイ諸島北200海里に侵攻、空母から発進した航空隊は日曜日の朝のハワイ・オアフ島真珠湾のアメリカ太平洋艦隊を攻撃。攻撃隊長は「トラ・トラ・トラ」を打電。暗号電文の意味は「ワレ奇襲に成功セリ」。大戦果をあげました。しかし、宣戦布告を行うまでの攻撃であったことからアメリカの大きな怒りとなり半年後のミッドウェー海戦では日本が大敗北。こうした戦況は秘密とされ嘘の情報が国民に流されつづけ3年後に終戦となりました。
ところで12月6日の深夜、国会では、特定秘密保護法案が「強行可決」されました。先の衆議院でも参議院選挙でも公約になく、臨時国会という短期間で十分な審議もないまま、あたかも「奇襲攻撃」の如くでした。しかし、特定秘密保護法は憲法の根本理念に反するものであり、多くの国民の皆さんが法案成立後も警鐘を発しています。12月6日を「日本が戦争をしない国からする国に舵をきった日」にしてはなりません。新しい年はもうそこまで来ています。「世界で一番国民が幸せな国」を目指し、心新たに力を合わせましょう。






