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――1785年5月には、息子さんのいるウィーンから、またザルツブルグに戻られていますが、お父さんご自身は、どんな暮らしぶりだったのですか。 レオポルト 実は、前年の1784年に、娘は結婚をして、ザンクト・ギルゲンに移り住んでいましたから、寂しい一人暮らしですよ。寂しさが特に身に沁みるのは、夜ひとり食事を終えて、ぼんやり
ワクワクする、という感情を心の底から感じた瞬間でした。地元の関西に戻って何か面白いことをやりたいと漠然と考えていたとき、見つけたのが地域おこし協力隊という制度でした。「琵琶湖の中にある有人島・沖島で民泊の管理人を募集」という記事を見つけたときは、「これだ」と胸が高鳴りました。 さっそく沖島を訪問し、協力隊のOGや行政の
地域おこし協力隊として近江八幡市へ移住して4年目となる谷口と申します。 昔ながらの風情が残る旧市街地の商店街 “あきんど道商店街” をメインの活動場所として取り組んできました。 街並みも文化的側面からも素晴らしい街に移住してきた初年度、実はものすごく苦労しました。訪れたのが2020年3月、まさに新型コロナウイルスど真ん
――1785年の2月からウィーンを訪問されて、息子さんとお会いになったようですが。 レオポルト ええ、4月の下旬までウィーンに滞在し、息子の生活ぶりをこの目で見ることができました。私の言うことを聞かず、勝手にウィーンに行ってしまった息子のことを、私は当初、どうしても許すことができなかったのですが、所帯を構え、それなりに
――息子さんは、台本作家のロレンツォ・ダ・ポンテと組まれて、『フィガロの結婚』や『ドン・ジョヴァンニ』などの名作を書かれていますが、どんな経緯でダ・ポンテと出会われたのですか。 レオポルト 私も、いつ二人が出会ったのかというのは、もちろん分かりませんが、息子が1781年にウィーンでの活動を始めた同じ年に、ダ・ポンテも、
滋賀報知新聞社編集局では、2024年お正月新聞企画「わが家自慢のペット特集」の掲載希望者を募集しています。締め切りは8日まで。 自慢のペットの愛らしい姿やかっこいい姿を撮影し、その画像と以下の要項を滋賀報知新聞社編集局までメール(shochi3f@yahoo.co.jp)でお寄せください。 記載事項は、(1)ペットの名
――1784年12月には、息子さんはフリーメイソンへ加入され、レオポルトさんご自身も翌年の1785年4月には、フリーメイソンへ入られていますね。秘密結社のように思われていますが、どんな組織だったのですか。 レオポルト いや、あれは秘密結社だとか、変な宗教団体と思われている人もいるようですが、まったく違います。「自由」「
10月29日(日)に記念すべき開館6周年を迎える、東京・日本橋の滋賀県情報発信拠点「ここ滋賀」は、11月も様々なイベントを実施する。 長浜市を中心とした「湖北地域の観音と生活文化」についての歴史魅力セミナーや、米原市、長浜市をテーマに、滋賀の“食”をお伝えするイチオシFoodは、開館6周年記念「北琵琶湖まつり」のイベン
――故郷からウィーンに戻って、1784年以降は、息子さんはどんな風に生計を立てておられたのですか。 レオポルト あれはもちろん、ウィーンの宮廷で楽長クラスの役職が与えられたなら、喜んで奉職したと思うのですが、そういう話はどこからも出てこなかったので、自分で自分用にピアノ協奏曲を書き、貴族の友人、知人たちに、年間契約でチ
東京・日本橋の滋賀県情報発信拠点「ここ滋賀」は、10月29日(日)に記念すべき開館6周年を迎え、「北琵琶湖まつり」と題し29日を中心に様々な催しを開催する。 1階マーケットでは長浜市、高島市、米原市の特産品フェアを開催。2階レストランでは3市の特産品をふんだんに使用した特別ランチを提供。店舗横の公開空地では3市の魅力を
――1783年7月に、ようやく息子さんのお嫁さんと会う機会があったようですね。そのへんのいきさつを教えていただけますか。 レオポルト 息子は私の同意なしで、その前年コンスタンツェと結婚しましたが、向こうから、まあ、仲直りの意図もあってのことか、ザルツブルクに帰って来て、嫁を紹介すると言ってきたのです。私としては、今さら
東京・日本橋の滋賀県情報発信拠点「ここ滋賀」は、9月も様々なイベントを実施する。 米原市の三成農場のメロンの果肉をふんだんに使った贅沢な「かき氷」販売会や、滋賀県茶業会議所による近江の茶のPR試飲販売を開催する。 また、滋賀県内の酒蔵が毎月交替で店頭に立つ「近江の地酒 試飲販売会」は、東近江市の畑酒造を迎えて開催予定。
太子と関連する伝承を持つ人魚塚の近くに鎮座するのが天神社で、菅原道真を祭神とする。境内参道には「聖徳太子の腰掛石」があり、太子がここに来た時に休息した場所と伝えられる。※ 太子歴遊はこの99をもって連載終了になります。
佐久良川に出現したとされる人魚の内一体が川を上り、ここに至った。人魚は悪疫をもたらすものとして忌み嫌われ、聖徳太子に退治された。あるいは、地元の人に捕らえられた。その人魚の埋めた塚が人魚塚として祀られている。
大谷集落のはずれの高台に建つ。太子開基と伝わるが詳細は不明。南北朝期には永源寺を開山した寂室元光がしばしば当寺に来遊して詩を吟じている。本尊聖観音は、近江八幡にったものを村人が招来したものと伝えられる。平安時代の秀作。
太子創建と伝えられ、比叡山延暦寺系の他方大寺として栄えた。しかし、戦国時代の戦火を受けて荒廃し、御本尊を安置する小堂のみとなった。これを憂いた人々の手により、江戸時代に入り再興され、永源寺の高僧一絲文大和尚の尽力によって後水尾天皇の勅建寺となり、黄檗禅の中本山としての寺格を備えた。現在の本堂は、後水尾天皇から京都御所の
――ウィーン移住後の息子さんについて、音楽的にはお父さんはどう見ておられたのですか。 レオポルト 作曲を自らすることはもう放棄していましたが、私も音楽家ですから、もちろん、息子が音楽的にどう変わっていくのか、興味は持っていました。なかでも、対位法の勉強を一生懸命やっているという報告は受けていましたので、それをどんな風に
西市辺町自主防災会では、町消防団により消火栓点検を年3回行い、その内の1回は町内全員参加で防災訓練を毎年実施しています。 今年は、無形民俗文化財「裸まつり」が1月に開催される薬師堂で防火訓練を7月23日に実施し、町民100人が参加しました。東近江消防署員さんから避難訓練をはじめ、消火器や消火栓の使用方法、ホースのつなぎ
炎天下のもと第105回全国高校野球滋賀大会が参加校53校(50チーム)で行われ、5連覇をかけたプレッシャーを乗り越えた近江が通算17回目の夏の甲子園出場を決め幕を閉じました。 今年の大会を振り返り一番感じたことは、コールドゲームが非常に多かったことです。実に全49試合のうち22試合がコールドゲームで、0点で敗れたチーム
東京・日本橋の滋賀県情報発信拠点「ここ滋賀」は、8月も様々なイベントを実施する。 野菜や果物をブーケやオブジェとして仕立てる「ベジフルフラワー」の体験ワークショップや、湖東地域産の麻製品販売会、麻生地サマーリースづくりワークショップ、野洲市のみのり農園の果肉たっぷりイチゴソースを使った「かき氷」販売会を開催する。 また