「ステージパパ、レオポルトの本音」 ダ・ポンテとの出会い(40)
――息子さんは、台本作家のロレンツォ・ダ・ポンテと組まれて、『フィガロの結婚』や『ドン・ジョヴァンニ』などの名作を書かれていますが、どんな経緯でダ・ポンテと出会われたのですか。
レオポルト 私も、いつ二人が出会ったのかというのは、もちろん分かりませんが、息子が1781年にウィーンでの活動を始めた同じ年に、ダ・ポンテも、ウィーンにやって来たので、それ以降のどこかの時点で、二人は邂逅したのだと思います。ダ・ポンテ自身は、イタリア生まれのユダヤ人で、波乱万丈の人生を89年間生き続けたわけですが、時には聖職者になったり、はたまた事件で追放処分を受けたり、そうかと思うと宮廷に上手く取り入ったりと、まさに口八丁手八丁の活躍、面白いことが好きな息子と気性があったのかもしれませんね。
――ダ・ポンテさんと組んで制作したオペラは、いずれも後世、名作としてその名をとどめていますが、成功の秘密は、どのあたりにあるとお父様はお考えですか。
レオポルト 二人がコンビを組んで作ったオペラ、『フィガロの結婚』、『ドン・ジョヴァンニ』、『コシ・ファン・トゥッテ』はそれぞれ、性格の違うオペラなので、それを一言で言うことはできませんが、あえて言うと、劇のストーリーの面白さと重唱の巧みさにあるのではないかと思いますね。
いずれもオペラ・ブッファというジャンルに入るもので、簡単にいうと諧謔や風刺の効いた喜歌劇です。「話が面白くて、音楽が心を打つ。」シンプルだけど、いつの時代にも共通するエンタメの神髄がそこにあるわけです。
――今、重唱の巧みさとおっしゃいましたが、単独で歌うアリアとどう違うんですか。
レオポルト 歌の上手い歌手がオーケストラをバックに一人で歌うシーンも、ヴォルフガングは得意で、それぞれの場面で名曲を書いていますが、物語が進行し、複数の登場人物が同じ場面で、違うメロディを奏でるアンサンブルが、息子は特に好きなようでした。『フィガロの結婚』の第二幕のフィナーレでは、6人の登場人物がそれぞれ自分のメロディを歌うのですが、全体として一つの曲として聞こえるように工夫されています。実はこれがなかなか大変で、登場人物の性格にあった音型を生かしながら、それを他の演奏者のメロディと重ね合わすわけですから、その難しさは想像がつきますよね。しかも、その人数が6人にもなると、困難を極めるわけです。息子は、普通の人が大変だと思うことを、事もなげにやってしまうのですが、これは一朝一夕にできるものではありません。少年時代からオペラを書き続けてきた息子ならではのことと、私は思っています。
モーツァルト・バー「キール」
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