飛燕エンジンの展示の経緯など
【東近江】 「東近江市戦争遺跡の会」(山本享志代表)はこのほど、市内の戦争遺跡を通じて平和の構築を考える研究・発表会を県平和祈念館(下中野町)で開いた。
この中で、一昨年に市内の建設現場で見つかった、大戦末期の旧日本陸軍戦闘機「飛燕(ひえん)」のエンジンについて、同館で展示された経過や意義などの説明があった。
飛燕のエンジンは、ドイツの水冷エンジンを国産化したもので、複雑な構造や物資不足でトラブルが相次いだ。エンジンを搭載した飛燕は、終戦まで3千機が生産されたが、ほとんど現存しない。
見つかった経緯は不明だが、終戦まで市内の沖野に存在した八日市陸軍飛行場と関係すると思われる。飛燕の水冷エンジンと特定されたのは、岐阜かかみがはら航空宇宙博物館の専門家の評価により、製造元の刻印や製造年月の銘板などが決め手となった。
県平和祈念館での展示については、貴重な地域の歴史を知る資料であり、平和学習の「生きた教材」として価値が高いことや、八日市陸軍飛行場や周辺への空襲、空中戦の歴史を伝える上で重要として決まった。保存方法は東京文化財研究所などの専門家から助言を得た。
同会代表の山本さんは、「先人がどのような生き方を選び、どのように伝えてきたのか認識し、前へ進まないといけない。その上で生きた教材の展示は意義がある」と話した。
このほか、会員の西田善美さんは市内の忠魂碑・忠霊塔の現状と維持保存について発表した。「なぜ、ここにあり、歴史があるのか、平和を考える土壌づくりが大切」と述べた。








