和紙で衣服を開発した古川与助商店の河村朱美社長
◇大津
日本の伝統的素材である“和紙”を使ってつくったジャケットなどが国内外から注目を集めている。非常に軽く、さらっとした風合いで保温力や吸水性に富んでいるからだ。好みの色に染色でき、洗濯も可能だ。これらの商品を開発したのは大津市の繊維加工メーカー、(株)古川与助商店代表取締役社長の河村朱美さん(57)である。【石川政実】
日本各地の繊維産地と連携し
新しい生地づくりで地域活性化へ
同社が所在する大津市桐生は、江戸時代から、ジンチョウゲ科の植物である雁皮(がんび)からつくられる和紙、雁皮紙を製造していた歴史ある地だ。
古川与助商店は昭和十年、河村さんの祖父、古川与助さんが創業し、アルミの箔(はく)押しの手押しを始めて、西陣織に使われている金銀糸などをつくっていく。
戦後の昭和二十三年、叔父の古川勇さんが二代目社長を引き継いだ。そして平成十五年、河村さんが三代目社長に就任する。
現在は、金銀糸の製造工程でフィルムを細かくカットする技術を応用し、和紙や不織布を細かくテープ状にカットし、巻き取る加工をしている。
河村さんは平成二十五年ごろから、和紙を裁断したあとの細切れが大量に発生することに着目。「もったいない。これを利用できないものか」と帯を試作。これがヒントになって和紙を裁断して燃(よ)り糸にした。この和紙糸を緯(よこ)糸、綿糸や麻糸を経(たて)糸にして織って和紙生地を生産。さらにジャケット、ブラウスなどの製品開発も手掛けていった。
ちなみに和紙糸を使ったジャケットを最初に注文してくれたのは、坂口康一・滋賀経済産業協会前会長(近江鍛工社長)だった。
「和紙糸のジャケットは非常に軽く、さらっとした風合いで着やすい」と坂口さんが経営者仲間らにすすめたのがきっかけで、口コミで広がり、すでに五十着を販売している。
順風満帆に見える河村さんだが、実際は山あり谷ありの人生だった。
大学卒業後に京都のアパレル関係の仕事に就いたが、猛烈に働きすぎて過労になり救急車で運ばれ、そこで臨死体験をする。この体験から二十歳代後半まで「生きる意味は何だろう」と東南アジアを巡る旅に。その後、腰を据えて自らを見つめなおそうと古川与助商店に入社し、今日に至っている。いろんな世界を体験しただけに弱い立場の人の痛みにも敏感だ。
「これからは日本各地の繊維産地と連携し、新しい生地をつくって地域活性化に取り組みたい。夢は四年後の東京オリンピック開会式で日本選手団のユニホームとして着てもらうこと」と笑う。
なおジャケットは、オーダーメードの店と連携を取り、一人ずつ採寸し、フィットしたこだわりの一着をつくるもので、一点ずつ好みの色に染め、約一か月で完成する。三シーズン対応。価格は八万八千円。問い合わせは、古川与助商店(TEL077―549―1321)へ。








