沖縄戦、原爆投下、終戦など
◇湖南
湖南市立甲西図書館(湖南市中央一)は八月一日から三十日まで、「新聞で振り返る戦争」と題した企画展示を同館二階展示コーナーで開く。終戦七十年を迎え、戦争を体験した世代が減り、戦争の記憶が風化する中、当時の新聞を通じてあらためて平和の尊さを考えようとするもの。
同展では、大津市在住の新聞コレクター、山名隆三氏(78)の協力を得て、昭和十六年十二月八日の宣戦布告(真珠湾攻撃)から昭和二十年八月十五日の終戦までの約三十点を紹介する。
この中で、戦争末期の沖縄戦は、「鉄の暴風」と形容される米軍の猛攻撃の中、沖縄県民の四人に一人が命を奪われたとされる悲惨な地上戦だった。
昭和二十年六月二十六日付けの新聞記事(毎日新聞)には、大本営発表として「沖縄方面最高指揮官牛島満中将は六月二十日敵主力に対し全戦力を挙げて最後の攻勢を実施しせり」と、最後の組織的戦闘を報じ、「沖縄方面戦場の我官民は敵上陸以来島田叡知事を中核とし挙げて軍一体となり皇国護持の為終始敢闘せり」と、県民の動向も掲載。見出しには、「本土決戦こそ必ず勝て」とある。
昭和二十年八月八日付け(中部日本新聞)の見出しでは、「B29広島市攻撃に 新型爆弾を使用」と、軍部の調査前だったため断定を避け、「相当の被害が生じたり」「敵は右攻撃に新型爆弾を使用せるものの如きも詳細目下調査中」となっている。
また、投下直後にトルーマン米大統領が声明を出したが、「敵の謀略」との見方があった。このため「新しい爆弾使用を開始したと声明し爆弾の威力を誇大に宣伝しつつあり、伝単散布その他によって国民に対する戦意喪失を図ることは明らか」と警戒している。
昭和天皇の終戦詔勅を全文掲載した八月十六日付け(滋賀新聞)では、「戦争終局の聖断下る」の見出しのもと、詔勅に沿った記事のほか、「忍苦更に加はらん 厳に慎め軽挙盲動(原文のまま)」(鈴木貫太郎首相)と、混乱を懸念したのか、国民に自重を諭す談話が出ている。同時に稲田周一・滋賀県知事も「沈着冷静業に励め」と、県民に呼び掛けている。
展示の入場は無料。問い合わせは同図書館(0748―72―5550)へ。







