自民・二之湯 波乱もあった公募選考の舞台裏
◇全県
公示日の四日、自民新人の二之湯武史候補(36)は県庁前で第一声をあげた。その勇姿を大津市坂本の「三宝莚」住職、栢木寛照(67)が見守っていた。二之湯の父親、智(68)=京都府の参院議員=とは旧知の間柄で、毎年、大晦日には二之湯一家が三宝莚にお参りする。栢木は昨年の大晦日、武史に「公募に応募しろ」と勧めた張本人だった。
昭和五十八年、前尾繁三郎、谷垣専一の両衆院議員の死去に伴う衆院旧京都2区補欠選挙に、野中広務(87)=自民党元幹事長=が出馬した。栢木は京都新聞の友人に頼まれて野中の選挙演説に行き、交友が始まった。また前尾の秘書であった二之湯智は、野中の後援会連合会事務局長に就任し、以後、京都市議を経て、平成十六年に参院選へ出馬する。つまり野中、二之湯智、栢木は、三十年来の同志だったのだ。また二之湯智と河本英典・元参院議員(64)とは、京都青年会議所時代からの知り合いである。 このような人脈から「野中さんが動くのでは」との噂も出た。
栢木は「僕は武史を裏から支え、表は滋賀県政に影響力のある河本さんにお願いし、後援会長を引き受けてもらった。野中さんについては、自民党を離れており、今回はタッチしていない」と言う。
自民党県連は今年一月三十一日に公募を締め切ったが、三十四人が応募した。二月十一日の第二次選考委で五人に絞るが、この中には川島隆二県議(42)も含まれていた。そして同十七日の最終審査で二之湯が選ばれた。
選考委員の一人は「最終審査前日に実力派県議が『川島を選ばないでほしい』との電話を選考委員にかけたり、町議が出向いて同様の要請を行ったりしたと聞いている」と語る。父親の川島信也への遺恨なのか、別なのか背景は定かでない。
政界筋では「川島が選ばれなかった衝撃から、自民の有力県議が日本維新の会県総支部代表の岩永裕貴(39)の父、峯一(71)に電話をかけ『維新から候補者を出し、自民候補をたたき落としてくれ』と怒りをぶちまけた」との情報も流れている。
事実、維新関係者が二月二十二~二十五日、中堅、若手の二人の自民党県議に接触するが、色よい返事はもらえなかったとみられる。
岩永裕貴は本紙取材に「中堅県議に会ったのは事実だが、参院選の話はできなかった」、父親の峯一も「そんな電話は受けていない」と否定した。
一方、民主党の川端達夫前衆院議員(68)は「二月府議会で山田啓二知事から『京滋合併』を引き出す質問をしたのが二之湯候補の弟の真士氏(34)。京滋合併論が浮上したとき、二之湯兄弟は京都側につくのだろうか」と疑念を示した。(文中敬称略)【石川政実】







