参院選比例区 逆風にあえて挑む奥村展三氏
政権の座から転落し、野党になった民主党。はたして今夏の参院選で、反転攻勢ができるか―。「いまこそ、かつての新党さきがけ結党の理念に学ぶべきだ」と訴えるのは、民主党の元衆院議員で今夏の参院比例代表(全国区)に出馬する奥村展三(68)。同氏に民主再生の道を聞いた。(文中敬称略)【石川政実】
「環境」「地方主権」「行財政改革」を
スポーツ庁の創設も
平成五年八月、細川護煕(日本新党代表)を首班とする非自民八党派による連立政権が誕生したが、この一翼を担った「新党さきがけ」に所属したメンバーらが三日、都内のホテルで「結成二十周年記念パーティー」を開いた。
民主党の菅直人元首相や前原誠司元外相、日本維新の会の園田博之国会議員団幹事長代理、自民党の渡海紀三朗元文部科学相らそうそうたるメンバーが顔をそろえた。
党代表だった武村正義元蔵相はあいさつの中で「最近の政治には右寄りの言動が目立つ」と憂慮。野党に転落した民主党には「政権を担当した誇りと責任を感じて、元気を出してほしい」と激励した。
武村の一言一句をじっとかみしめるように聞いていた男がいた。
昨年十二月の総選挙(滋賀四区)で落選し、今夏の参院選に比例区から出馬することになった民主党の奥村前衆院議員である。
自民党の中堅・若手議員であった武村、田中秀征、園田、鳩山由紀夫元首相らが中心となり、平成五年の宮沢内閣不信任決議可決をきっかけに離党して結成されたのが「新党さきがけ」だった。
当時、県会議員であった奥村は翌六年、自民党を離党して新党さきがけに入党。そして七年の参院選に同党公認で滋賀選挙区から出馬し、劇的な勝利を収めた。その後、民主党に入党する。
武村のあいさつを聞きながら奥村は「新党さきがけが掲げた理念は、質実国家、環境主義、憲法を尊重する『尊憲』、地方分権などだが、いま振り返っても少しも色あせていない。民主党の再生は、緩やかなリベラルであるさきがけの理念に戻ることなんだ」と確信を深めていた。
その一方で「なぜ民主党は野党に転落したのか」と、自問自答する日々が今も続いている。
「やはり政権与党としての経験不足、チームワークの欠如、それと党の不十分な政治システムかな。しかし、いろんな問題あったにせよ、高校授業料の無償化、子ども手当など、生活者の視点で政治を進めてきたのは民主党だった。右傾化する自民党がこの参院選で一人勝ちをすれば、リベラルな勢力がなくなってしまう。民主党が二大勢力の一角に踏みとどまらないと、民主主義が守れない」。そんな危機感から、逆風の中にあっても参院選比例区からの出馬を決断した。
奥村は参院選に当たって、新党さきがけが掲げた「環境主義」、その原点でもある琵琶湖の水質問題をもう一度見つめ直したいという。
全国に先駆けて、武村氏が知事時代の昭和五十四年に制定した琵琶湖富栄養化防止条例。 この環境保全の流れを受けて、当時県議だった奥村は子どもたちにも琵琶湖の環境問題に関心を持ってもらおうと、湖上での体験学習船「うみのこ」を思いつく。早速、武村知事に提案し、昭和五十八年に学習船が完成。県教育委員会のびわ湖フローティングスクール事業として今日に至っている。
「子どもたちに体験学習を」という思いは、スポーツ基本法の成立(平成二十三年)に尽力することにもなる。 二十三年に文部科学省副大臣に就任してからも、地域スポーツの基本計画策定に力を注いでいく。
「スポーツは現在、文部科学省スポーツ青少年局が担当しているが、国民総健康づくりを目指すためには、スポーツ庁として昇格させるべきですよ」とも。
また憲法問題については「尊憲」の立場であり、国民の議論が十分でない中、改憲を安易にする九六条改正には反対する。
「東日本大震災の3・11を経験した日本は、安倍晋三首相のように原発を再稼働させ、国内の事故も終息しない中で輸出までして、一握りの金持ちが富を支配する経済大国を目指すのでなく、近隣諸国との友好を深めながら、国内においては中小企業の復興を図り、武村さんの言う『小さくともキラリと光る国・日本』を選択すべき」と語る。
「新党さきがけ」の政治理念
一、私たちは日本国憲法を尊重する。憲法がわが国の平和と繁栄に寄与してきたことを高く評価するとともに、時代の要請に応じた見直しの努力も傾け憲法の理念の積極的な展開を図る。
二、私たちは再び侵略戦争を繰り返さない固い決意を確認し、政治的軍事的大国主義を目指すことなく、世界の平和と繁栄に積極的に貢献する。
三、地球環境は深刻な危機に直面している。私たちは美しい日本列島、美しい地球を将来世代に継承するため、内外政策の展開に当たっては、より積極的な役割を果たす。
四、私たちはわが国の文化と伝統の拠り所である皇室を尊重するとともに、いかなる全体主義の進出も許さず、政治の抜本的改革を実現して健全な議会政治の確立を目指す。
五、私たちは新しい時代に臨んで、自立と責任を時代精神に据え、社会的公正が貫かれた質の高い実(じつ)のある国家、『質実国家』を目指す。
≪奥村展三氏のプロフィール≫
昭和五十一年 甲西町(湖南市)議会議員選挙初当選
同五十四年 県議会議員選挙初当選
平成七年 参議院滋賀選挙区選挙に新党さきがけ公認で出馬し当選。
十五年 衆議院選挙に民主党公認で出馬。選挙区では次点に終わるも比例復活で当選。十七年も比例復活。二十一年 衆議院選挙に民主党公認で三選。
二十三年 文科省副大臣。
二十四年 衆議院選挙で落選
◇ ◇ ◇
現在、日本シニアソフトボール連盟会長、近畿陸上競技協会会長、滋賀県軟式野球連盟会長、滋賀県少年硬式野球協会会長ほか多数のスポーツ団体の要職を務める。







