大津事件公文書が県文化財に
◇全県
明治時代から昭和初期にかけての県行政文書九千六十八冊が、県指定文化財に指定された。同文書には、明治国家を揺るがした大津事件に関わる文書も含む。
今回指定された県行政文書は、戦災や自然災害にあうことなく、まとまってよく保存されていることから、県政の推移を知る随一の基本史料として学術的価値が高いとされている。
文書中に記録される大津事件は、明治二十四年五月、来日中のロシア皇太子を、警備中の巡査が斬りつけた暗殺未遂事件で、近代国家を歩み始めたばかりの日本国内は、大国ロシアの脅威に騒然となった。
このような中、日本政府は皇族に対する罪(大逆罪)を適用して巡査の死刑を画策したが、司法側は外国皇太子に適用されないとして無期徒刑を下した。 このため同事件は、司法権の独立を守った事件として知られる。 同事件に関わる文書は県が事件後にまとめたもので、接待準備から事件の模様、事後処理のほか、県外情勢についても、ロシア皇太子に謝罪の遺書を残して自殺した畠山勇子の事件なども記録している。
暗殺未遂の瞬間を「露国(ロシア)皇太子殿下御遭難記事」では、人力車上にいた皇太子ニコライに向かって、沿道警備していた巡査が突然サーベルで斬りつけ、これを同行していたギリシャ王子ジョージが、竹製のムチで巡査を殴り追い払ったと、当時の緊迫した雰囲気を伝える。
事件発生の五月十一日夜七時台の電報では、皇太子負傷を受けて、外務大臣と内務大臣が東京を発ち、翌日には明治天皇もニコライの滞在している京都へ向かうことが、県知事(事件後引責辞任)へ伝えられている。
これらの文書は、県政史料室(県庁新館三階)の展示「近代との対話―滋賀県の歴史的文書」で展示されている。期間は五月九日まで。








