樹下神社の石造宝塔など5件
◇大津
大津市教育委員会は、新たに樹下神社(大津市北小松)の石造宝塔(南北朝時代)など市指定文化財五件を指定した。今回の指定で市指定文化財の合計件数は百二十五件になる。
▽樹下神社の石造宝塔(北塔)=基礎は四面とも輪郭をまき、格狭間(こうざま)を配して内部に蓮華を彫る。塔身は正面(現背面)に鳥居形を、ほかの三面は扉形を配す。屋根は軒裏に二段の階を設け、降り棟の表現は二段である。基礎の高さと幅の比率は大略一対一対六とやや高く、新しい傾向を示し、南北朝期の作と考えられる。
▽樹下神社の石造宝塔(南塔)=基礎は四面とも素面で、屋根は軒裏に二段の低い垂木を配する。基礎の高さと幅の比率が一対二であることや、相輪の九輪の溝が深いところから、古い様相を示し、鎌倉時代後期の作と考えられる。
▽天皇神社(大津市和邇中)の石造宝塔(北塔)=基礎正面は輪郭内に格狭間と宝瓶三茎蓮(ほうびょうさんけいれん)を配するが、左右は輪郭と格狭間、背面は素面である。塔身正面に開花蓮台上に線刻の月輪(がちりん)を配し、内部に梵字アを薬研彫りする。基礎の高さと幅の比率は一対二・〇五で古い様式を示し、鎌倉時代後期の作と考えられる。
▽天皇神社の石造宝塔(南塔)=基礎は四面とも素面で、基礎の一部を埋設部分とすれば、高さと幅の比率は一対二・二程度になる。塔身は上下にすぼまり、正面に鳥居形を刻む。塔身の頸部が別石であるところから、ほかの事例から鎌倉時代後期の作と考えられる。
▽小野神社(大津市小野)の石造宝塔=基礎は正面と左右が格狭間で、蓮華などを配す。背後は素面で、康永四年(一三四五年)三月の銘があるところから、作成年代が知られる。屋根の下は二軒風に作り、隅木も二段に表現される。相輪は宝珠と伏鉢が失われている。地元では小野小町供養塔と伝える。







