自民 「滋賀維新の会」結成の動きも
参院選、知事選は十一日に投開票され、県民の審判が下った。知事選は無所属現職の嘉田由紀子氏、参院選滋賀選挙区は民主現職の林久美子氏が再選を果たした。知事選では、嘉田由紀子氏が史上最高の四十一万九千九百票を獲得し、無所属新人で前自民党衆院議員の上野賢一郎氏の二十万八千七百票を大きく引き離した。そこで知事選を振り返ってみた。【石川政実、松村好浩、高山周冶】
――嘉田氏が獲得した空前絶後の四十一万票をどう見る。
A 東京の民間調査会社が六日に実施した世論調査では、嘉田氏の実績を評価するが七割にのぼっていた。「もったいない」を掲げて新幹線新駅を中止するなど、“劇場型行政”でマスコミを引き付けて、徹底したイメージ戦略で人気拡大を図った。 逆に自民党は“嘉田いじめ”のレッテルをはられ、悪役(ヒール)を演じさせられた。
さらに嘉田陣営が県商工会連合会や民主・連合滋賀と連携することで、幅広く浸透した「嘉田ブランド」が点から面へと一斉に点火された。
――それだけに上野氏と丸岡氏は、争点化に努めるべきだったね。
B 前回の知事選では争点づくりのリーダー格だった共産党だが、今回は党内で対立候補を出すかについて意見が割れて、無所属新人で共産推薦の丸岡英明氏(得票三万六千百票)の擁立が遅れた。同党は、参院選に全力を挙げるのが精一杯で、知事選にまで手が回らなかった。県立高校の廃統合反対などを掲げたが、ピントぼけだった。
C 上野氏も「琵琶湖大橋と近江大橋の無料開放」を掲げたが、いかにも付け焼刃的だった。もっと嘉田県政の財政再建問題、成長戦略を突くべきだった。
――上野氏の敗因は。
A サッカーに例えれば、監督の上野氏がプレーヤーとなって、司令塔がいなくなったことだね。しかも上野氏は、「完全無所属」を掲げて、参院選滋賀選挙区の自民党新人・武村展英氏とは一線を画し、嘉田氏と民主現職の林氏のような連携による相乗効果が発揮できなかった。消費税増税で民主への逆風が吹いていたのに。現職知事を倒すには、六月の出馬表明は、遅すぎたよ。
C 嘉田陣営も、当初は若い上野氏の登場に焦りの色があった。しかし、血迷わなかったのは、四月から四回行った世論調査で六、七割の嘉田支持があったことだ。この世論調査結果を嘉田陣営は、七月五日ごろ、保守系の議員に郵送し、上野氏を応援することをあきらめるように揺さぶりをかけたふしがある。
B 上野氏の起死回生のチャンスは、嘉田氏を上回る人気者の橋下徹・大阪府知事を呼ぶことだった。山田亘宏・守山市長らが七月七日、大阪市内で橋下知事の特別秘書と会って応援を求めたが、橋下知事は動かなかった。しかし、来年の統一地方選挙に向けて、道州制を考えるローカルパーティー「滋賀維新の会」(仮称)を立ち上げるのもおもしろい。また嘉田氏には、四十一万票を背景に“女帝”にならないことを願うね。







