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県下36チームがポンプ技術競う
日野町で戦争体験を聞く会
日野町でボランティア講座
滋賀報知新聞(ニュース)平成12年8月8日(火)第12349号
(湖東・広域)
日ごろの訓練の成果を競い合う「第三十五回県消防操法訓練大会」が六日、能登川町神郷の県消防学校訓練場で開催され、県下各地から集まった十七支部の代表三十六チーム、計二百七十一人が炎天下、きびきびとした動作で体得した技術を披露した。
競技はポンプ車と小型動力ポンプの二部門に分かれて行われ、出場者たちが次々に繰り広げられる磨き上げられた技術に、詰めかけた来賓や家族など約二千人からは大きな声援と拍手が送られていた。大会結果は次の通り。
【ポンプ車の部】優勝 近江八幡消防団▽準優勝 甲南町消防団▽3位 水口町消防団▽4位 守山市消防団▽5位 高月町消防団▽6位 大津市消防団
【小型動力ポンプの部】優勝 木之本消防団B▽準優勝 蒲生町消防団▽3位 草津市消防団▽4位 能登川町消防団▽5位 竜王町消防団▽6位 木之本町消防団A
日野町で戦争体験を聞く会
命を簡単に奪うのが戦争
=体験者5人が当時を語る=
(湖東・日野町)(一部既報)
日野町大窪の近江日野商人館(正野雄三館長)で「戦争体験を聞く会」が五日に開かれ、町内外からの来館者約百二十人が、同町在住の戦争体験者五人の経験談に耳を傾けた。
戦時下の国民生活については、名坂静子さん(72・上野田)が東京大空襲の思い出を語った。悪臭が漂った焼け野原の風景、男女の区別がつかないほど黒焦げになった死体、暗い防空壕の中で焼夷弾の落下音に耐えた恐怖を振り返った。
また、中野千代子さん(78・上野田)は、昭和十七年三月にフィリピンで兄が戦死したという知らせを受けた思い出を述べた。母親は座り込んで動かなくなり、中野さんは足の震えが止まらなかった。後年、母親は口癖のように「あの子は弾にあたるとき、お母さんと叫んだのだろうか」と言っていたという。
戦場での体験では、門坂与四郎さん(78・大窪)が、大激戦ソロモン海戦を中心に話した。搭乗していた軍艦が沈没するのを、浮上してきた米軍潜水艦がゆうゆうと写真撮影をしているのを見て、国力の違いを痛感したこと。瀬戸内海で潜水艦に乗って演習していた練習生百人が、米軍が設置していた機雷に触れて海の藻屑になったことを追想し、言葉を詰まらせた。
陸軍航空隊のパイロットだった吉川積翠さん(78・西明寺)さんは、南方軍に配属された。米軍機の大編隊が来襲した時に、制止を振り切って出撃したパイロットの戦闘機が、目の前でハチの巣のように撃たれて炎上したのを鮮明に覚えている。終戦後しばらくは、戦死した友人の両親に会うのもためらわれたが、「あなただけでも帰ってきてくれて良かった」と言われ、肩の荷が降りたという。
前宮正一さん(74・内池)は海軍に志願、戦艦大和の沖縄特攻作戦に従軍した。絶対沈まないと信じていた大和が、米軍機の猛攻であえなく沈没したことに、日本帝国の崩壊を痛感した。帰国後は広島に原爆が投下された翌日、呉駅で避難者がたどり着くのを目撃し、その惨状に恐怖を覚えた。
主催した近江日野商人館の正野館長は最後に「戦争は二度としてほしくない。人間にとって一番大事なのは命、それを簡単に奪うのは戦争だ」と締めくくり、反戦と命の尊さを訴えた。同館は、体験者が話した内容を冊子にまとめて、今後の記録として保存するとしている。
日野町でボランティア講座
いっしょに楽しもう
=お年寄りとゲーム通じ交流=
(湖東・日野町)
日野町の夏休みボランティア講座がこのほど、同町松尾の特養老人ホーム白寿荘で開かれ、小中学生ら三十八人が参加した。核家族化でお年寄りと関わる機会が少ない中、ゲームなどを通じてお年寄りと交流し、身近な存在に感じてもらおうと同町社会福祉協議会が企画した。
講座では始めに、研修室で柏瀬かね荘長の話しを聞いた後、部屋と部屋の間の敷居などの段差を取り払ったバリアフリーを見学。自分たちにとって小さいと思っていた段差が、お年寄りにとって大きな障害になることを実感した。
引き続いて開かれたレクレーションでは、お年寄りと連想ゲームなどに挑戦。子どもたちは、はじめはぎこちなく接していたが、次第に溶け込むようになり、会場内で笑顔がはじけるようになった。耳の遠いお年寄りに対しては、口を近づけてゆっくり話しかけたりして、体験を通して相手の立場に立った心づかいを学んだ。
社会福祉協議会の職員は「自己犠牲の精神でなく、相手を喜ばせながら、自分も楽しむ本来のボランティアを学んでくれたのでは」と話していた。






