公文書改ざん疑惑も浮上=市の公文書隠ぺい疑惑(下)=
【大津】 「越直美市長(当時)には、退任後に8年間の市政運営の不都合な真実が表面化するのを防ぐため後継者が必要だった。側近の小西元昭氏にとっても、越市長なき後の市役所人生がイバラの道だけに市長選に打って出たのだろう」と振り返るのは茂呂治元副市長。
2012年、市の女性職員A氏(現在は退職)が男性職員B氏と他1人を強制わいせつの疑いで刑事告訴した。
B氏は13年10月に同容疑で起訴されたが、14年に無罪が確定する。
13年3月、A氏親子が右翼団体関係者を名乗る部外者らを伴って来庁し、A氏自身の異動とB氏の処分を求め不当要求を行った。市職員課は、詳細な対応記録を作成した。B氏は14年2月、これらの文書について個人情報開示請求をしたが、市は全面不開示とした。
当時、職員課主幹の小西氏が、通常、部長までの決裁を市長までの決裁として起案文書を作成し、担当部局に回したのは「部分開示」の起案文書だった。
だが同年3月、その起案文書が越市長まで進んで、市の処分は「(全面)不開示」となる。一貫して開示を主張していた茂呂氏は同年5月に副市長を退任する。
●2つの起案文書
「部分開示」「不開示」をめぐり、改ざん文書が存在することが18年11月、市の公文書公開で明らかになった。本紙が入手した文書の一つは、前述の14年3月の「部分開示」の決裁文書で、市長印や茂呂氏の副市長印が押され決裁が完了している。
もう一つは、これとまったく同一の文書で書類番号、市長や副市長の印影も同じだが、表題部分の「部分開示」が、「不開示」に手書き修正されている(写真の○印参照)。
茂呂氏は「処分内容が変わる場合は、それに合った専用書式で起案文書を作り直す。私は表題が手書き修正された起案文書に決裁印を押していない。越市長が『部分開示』の起案文書に決裁印を押し、同時に『不開示』を指示したとしか考えられない。それに合わせて後日、公文書改ざんが行われたのだろう」と語った。
18年1月、B氏は市を相手取り損害賠償請求を大津地裁に提訴。
昨年11月の同裁判の証人尋問で、市の当時の担当者だった小西氏は「最初は『部分開示』で起案したが、決裁を持ち回る段階で誰からか疑問が出され、起案を『不開示』に作り変えて市長まで決裁を上げた。その際に表題の『部分開示決定』の修正を忘れていたのを市情報公開・個人情報保護審査会への諮問後に気づき手書き修正した」などと証言したが、文書改ざん疑惑は払拭できなかった。
市議会の新和会幹事長である八田憲児市議が今月3日の2月通常会議で「市のこれまでの公文書の公開や管理が適切だったか調査するのか」と代表質問したのに対し、佐藤健司市長は「事実解明(調査)に努める」と答弁した。本格調査なら3か月程度はかかるだけに、17日予定の損害賠償請求の裁判の判決は6月以降に延期される可能性も出てきた。
(石川政実、羽原仁志)






