コミセン条例遅れが小西氏の命取り
【大津】 越直美市長(当時)は1月21日の退任会見で2期8年を振り返って、「(市民からの)支持率がたとえゼロとなっても、(公約実現に向け)やるべきことをやろうと取り組んだ。自己採点は100点」と胸をはった。それは公約達成のみを目指したナルシストの姿であり、市民は不在だった。
●自民有力市議に頼る
越氏は昨年8月、同氏を支えた市議会会派の市民ネット21や元衆院副議長の川端達夫氏らに3選不出馬を伝えた。しかし政界筋では、越氏が自民党有力市議にも伝えたとの見方がもっぱらだった。
それなら8月末に大津市議会の保守系会派の湖誠会と新和会が佐藤健司県議(現市長)に出馬を要請し、9月4日に同氏が出馬意向を固めた手際のよさもうなずける。
2012年の市長選で初当選した越氏を支えた市民ネットは少数会派であり、多数を占める自民党の湖誠会(分裂以前)の有力市議に頼るしかなかった。
有力市議の一人と見られる、佐藤陣営の選対副本部長を務めた湖誠会の竹内照夫氏に昨年10月ごろ、「越氏から8月に3選不出馬を聞いたか」とただすと、質問には答えず、「越氏には出処進退の会見の前に、コミュニティセンター条例をまず片付けるべきとアドバイスした」と話した。
市は昨年9月2日、36学区の公民館を今年4月から一斉に住民運営によるコミセンへ移行する条例案を9月市議会に提出した。条例案は9月30日に採決の予定だった。条例案の可決後に越氏は3選不出馬表明の会見をしたはずである。このままでは条例の賛同が得られないと越氏は同月25日、条例案の撤回を申し出る。市は移行期日を緩和した新条例案を再提出する意向だった。
しかし市自治連合会長らから「地域で説明する時間がほしい」と要望があり、新条例案の9月議会提出を断念。ようやく11月13日に新条例案は可決される。
当初予定から1か月半遅れた新条例の成立。その遅れは、知名度のない前市職員の小西元昭氏には致命傷となった。コミセン条例に目を奪われた越氏。仮に自民有力市議に不出馬情報を伝えていたなら、紛れもなく戦犯だ。
だが不出馬会見のタイムリミットが大幅に過ぎたのに、越氏をただ見守るだけだった市民ネット、国民民主、連合滋賀も同罪である。
●本命A氏の擁立失敗
越氏と市民ネットは9月以降、後継者選びを開始する。10月上旬に嘉田由紀子参院議員の次男の修平市議にアプローチするが固辞される。次に白羽の矢が立ったのが異色の企業トップ、A氏だった。しかし11月初旬に辞退される。そこで有力になったのが成田政隆県議だったが、市民ネットと連合滋賀は見送る。
小西陣営選対の事務長を務めた市民ネット幹事長の船本力氏は「成田氏が市長選に出馬すれば大津市選挙区で県議2人の欠員が生じ、県議補選をすることになるが、市長選と県議補選の両方を勝ち抜く体力が市民ネットや連合にはないと判断した」と釈明。次に登場したのが、越氏側近の小西氏だった。
佐藤陣営選対の事務総長で新和会幹事長の八田憲児氏は「越氏側近でない成田氏なら野党共闘で際どい接戦になった」と振り返った。
(石川政実)






