三日月氏 知事選勝利を追う(7)
● 政治とカネ
川端達夫民主党衆院議員は六月二十六日、JR大津駅前での三日月大造氏の出陣式で、本紙記者に「永田町では、自民党本部の石破茂幹事長が自、公が推薦する小鑓(こやり)隆史氏のために二億円を用意したが、勝てるなら何億円でも出すと同党県連にはっぱをかけたという噂(うわさ)が出回っている。それが本当ならうらやましい限りだ」と苦笑した。
当時、自民党県連政調会長だった佐野高典県連幹事長は「県連に金がどれだけ入って、どれだけ選挙費用に使われたのか、一切知らない」と振り返る。
小鑓陣営で知事選を事実上仕切ったのは、選対本部長であった吉田清一県議、自民党県連幹事長(当時)の家森茂樹県議、元県議の清水克実自民党県連事務局長の三人である。
清水県連局長は今月二日の知事選総括会議で「党本部からは一千万円をいただいただけだ」と二億円説を否定した。
●今も残る岩永氏の影
三氏が知事選を仕切るまでになった理由の一つは、マスコミ対応を独占し情報の集中化を徹底させたことと、岩永峯一元農相から学んだ強権的政治手法であったと見られる。
湖国の自民党は、一九六〇年代~一九九〇年代半ばまで、宇野宗佑元首相と山下元利元防衛庁長官による黄金時代が長く続いた。その後を河本英典元参院議員と岩永氏が引き継ぐ。岩永氏は、持ち前の行動力で平成八年~二十一年まで衆院議員を務めた。この岩永氏に仕えたのが今年一月に酒気帯び運転の容疑で現行犯逮捕された三浦治雄元県議をはじめ、吉田、家森両氏らだった。
しかし岩永氏は二十一年二月、自身が代表を務めていた自民党県第4選挙区支部などの政治団体が宗教法人「神慈秀明会」から受け取った献金六千万円を政治資金収支報告書に記載していなかったことが全国紙で報じられた。これに対し、岩永氏側は「事務所担当者が個人で借り入れしただけ」と説明し、問題がないとの認識を示した。
この報道によって、岩永氏が後継候補に三男の裕貴氏を擁立する意向だったのに、裕貴氏が出馬断念し、結局公募候補の武藤貴也氏が後継になった。
その武藤氏が同年の総選挙に向け選挙資金として当てにしていたのが、二十年に六千五百万円の総収入があった第4選挙区支部の口座だった。ところが支部役員が調べたところ、二十一年四月に同支部はいったん解散され、同収支報告書では残金がゼロになっていた。結局、一から第4選挙区支部はスタートを切ることを余儀なくされた。
●自、公と組んだ維新
維新県総支部は、先の出直し大阪市長選などで自民、公明との関係が悪化しているにもかかわらず、あえて小鑓氏を推薦した。
これについて政界筋では「将来、4区の自民党公認候補に武藤氏に代わって維新の岩永裕貴氏が出ようとする思惑があるからだ」との見方が出ている。
今回の知事選を岩永峯一氏から薫陶(くんとう)を受けた吉田、家森両氏が仕切ったのも、因縁浅からぬものがある。 (石川政実)







