空襲・予科練・比叡山「桜花」基地
◇全県
太平洋戦争下における県内の「銃後」の実態を発掘した長浜北星高校教諭、水谷孝信氏の著書「本土決戦と滋賀 空襲・予科練・比叡山『桜花』基地」(本体千八百円)が、サンライズ出版(彦根市)より刊行された。
第一章の「本土決戦と滋賀」では、日本が絶対国防圏を失った昭和十九年以降、県内でも本土決戦に向けて、住民による義勇団結成や、工場疎開、八日市飛行場関連の地下壕建設が進められた状況を詳述する。
八日市飛行場に関連する周辺地域における地下壕建設では、安土の小中山をくりぬいた軍需疎開工場のほか、住民が軍に協力して武器・弾薬を保管するため竜王町や旧蒲生町で壕を掘ったという証言を紹介している。
第二章の「ふたたび滋賀県の空襲を追って」では、昭和二十年五月から始まった県内の空襲を整理した。東近江地域では、八日市飛行場とその周辺での機銃掃射(七月二十四日、学童一人・兵士一人死亡)、航空機による空中戦(七月二十五日、日米兵士三人死亡)、建部村爆撃(同日、教員一人死亡)、小脇町爆撃(同日、夫婦死亡)、永源寺町機銃掃射(七月三十日、児童・幼児二人死亡)、日清紡能登川工場爆撃(同日、一人死亡)、近江八幡―篠原付近で機関車への機銃掃射(同日、女性・機関士二人死亡)などを列挙している。
第三章の「特攻作戦と比叡山『桜花』秘密基地」では、機体前部に爆薬を詰め込み、ロケット噴射して人間もろとも敵艦に体当たりする人間爆弾「桜花」の比叡山発射基地(比叡山ケーブルカーの山頂駅付近)に迫る。
同基地は、米軍上陸が予測される紀伊半島、大阪湾を射程に収めたが、実戦前に終戦を迎えた。本書では、元特攻隊員から、特攻志願した当時の雰囲気、母機から切り離されて高度三千メートルから滑空する危険な練習について聞き取るほか、同基地の建設経緯や周辺の航空隊の実態を詳細にルポしている。







