19日から 市内3会場で開幕 近世城下町のルーツの魅力発信
◇長浜
秀吉の軍師、黒田官兵衛(一五四六~一六〇四)にスポットをあてた「黒田官兵衛博覧会」が今月十九日から、長浜市内で開幕する。会期は十二月二十八日まで。黒田家は同市木之本町黒田が発祥とされ、官兵衛は長浜を足掛かりに天下人に駆け上った秀吉を支えた。今年は大河ドラマでも「軍師官兵衛」が放映され、北近江・長浜がますます盛り上がりそうだ。
官兵衛は播磨姫路の生まれ。織田信長が畿内で台頭すると、同国御着城主で主君の小寺政職にすすめて信長に通じ、毛利への中国攻めで播磨に入った秀吉に従った。
軍師としての才能は、敵方の部将などを説得工作で味方に引き入れ、切り崩しを図る「調略」を得意とした。秀吉の天下統一事業では、天正十五年(一五八七)、秀吉が九州攻めしたとき、官兵衛は事前に九州に入って諸大名を説得して足場を固め、秀吉は難なく薩摩の島津氏を降伏させることができた。関東の小田原城攻めでは、単身で小田原城へ出向いて北条氏政・氏直父子に開城を説得し、同意を取り付けた。
これらの功績から、秀吉の前半生を支えた名軍師・竹中半兵衛とともに「両兵衛」と並び称される。
官兵衛と長浜市のつながりは、曾祖父の高政の代まで伊香郡黒田村に居住していたことや、嫡男の松寿丸(後の長政)が信長への忠誠の証しとして長浜城に人質として滞在したこと、そして官兵衛が賤ヶ岳の戦いに参陣したことだ。
同博覧会の展示部副部会長で、北近江史に詳しい長浜城歴史博物館副館長の太田浩司さん(52)は「官兵衛は秀吉の後半生において、脇から出世を支えた人物であり、分かりやすく例えるならば秀吉出世物語の裏バージョン。彼にスポットライトをあてることで、秀吉や長浜が浮かび上がる」と話す。
そんな長浜の魅力を太田さんは「江戸時代に続く近世城下町のルーツ。秀吉は初めて城持ち大名になった長浜で、先駆的な城下町(現存最古)の経営、石高制、検地をテスト的に行い、この仕組みを全国へ押し広げ、江戸幕府もこれを踏襲した。博覧会では、その後の日本史に影響を与えた長浜のまちづくりや人材にもスポットをあてたい」とPRしている。
同博覧会の三会場は、<1>「大河ドラマ館」(長浜市木之本町木之本)<2>長浜城の「歴史館」(同市公園町、長浜城歴史博物館)<3>城下町を案内する「城下まち館」(同市元浜町)。
「大河ドラマ館」の木之本エリアは、黒田家発祥の木之本町黒田のほか、官兵衛が参陣した賤ヶ岳古戦場、北国街道木之本宿が見どころ。館内では、ドラマの映像や衣装を展示するほか、合戦の模様をジオラマなどで再現する。
「歴史館」と「城下まち館」は、長浜の城下町にある。歴史館では、秀吉の戦いを実物資料と復元イラスト、写真パネルで紹介。城下まち館では、城下町とゆかりの武将を紹介するほか、ガイドツアーを催す。










