復興祈願凧、舞い上がる
今年はなんとしても揚げたかった!
◇東近江
雨で一週間延期された八日市大凧まつりが五日、愛知川八千代橋下流域の河川敷で行われ、三月十一日に発生した東日本大震災の復興を願う百畳敷大凧が飛揚された。
三年に一度の新調で生まれ変わった百畳大凧の名前は「心身健やか」。裏面に大震災の一日も早い復興を祈る「願い札」が貼られた特別な祈願凧として会場に運び込まれた。
午前十時半過ぎから予定されていた一回目の飛揚の準備が始まり、会場で一般募集した引き手約百人らも加わって大凧は風下の下流へ運ばれた。
危険区域内の人が避難し、まだかまだかと大勢の見物人の視線が集まる中、午前十一時四十九分、凧を立てかけたところ風は追い風に変わり、「バシッ」と縦骨一本が折れた。そのまま綱を引っ張ったところ大凧は、逆風で失速し落下時にも縦骨一本が折れ、一回目の飛揚は失敗。
修復のあと、大凧を反対の八千代橋側に移動させ、凧を立ち上げたがまたも風向きが追い風に変わり、一回目の二の舞を避けるため、午後からの飛揚に期待した。
二回目の準備を始めた時、いつもの練習を中断してミニ大凧コンテストの引き手ボランティアとしてやって来て、圧倒的な走る速さと脚力を見せつけていた滋賀学園野球部員二十人に百畳揚げの助っ人を頼み、引き手に若いパワーが加勢。
微風のため、野球部員を初速が必要な引き手前列についてもらい、午後二時四十分、二回目に挑戦。しかし、微風でも風が続かず浮き上がった程度で惜しくも落下。
十分後、気を取り直して三回目。きょう最後の飛揚として全員の気合いが入った。この日、最大の風(北西の風秒速二・五メートル)が吹いたチャンスに綱が引っ張られ、大凧はフワリと舞い上がり、百畳の雄姿を見せた。
風も少し強まり、引き手の間から「次は絶対、もう一度」と声もわき起こったが、時間的なこともあり続きは来年の楽しみとした。
今回の飛揚では、竹骨に悩まされた。実は五日の張り糸調整で横骨十本のうち七本が相次いで折れ、急きょ水分を含んだ重い青竹で補修して会場に運び込んだ。
この日の大凧は、いつもより重量があるうえ、気まぐれな微風など、凧揚げには恵まれない条件が改善せず「きょうは無理では」と諦めかけていた。しかし、「復興凧であったからこそなんとしても揚げたい」との意気込みがあった。







