掘立柱建物とともに検出
◇大津
大津市教育委員会は十七日、大津市穴太二丁目の穴太遺跡から、古墳時代の大壁造り建物二棟、掘立柱建物一棟の遺構や、古墳時代から古代にかけての土器類および瓦が出土した、と発表した。同市教委は「今回見つかった大壁造り建物は、西大津バイパス建設に伴う調査でも確認された建物と一連のものと考えられ、渡来系の人々の集落が本調査地点まで広がっていたものと考えられる」としている。
穴太遺跡は、JR湖西線唐崎駅の西に広がる遺跡で、これまでにも多くの調査が実施され、縄文時代から古代かけての様々な遺構、遺物が検出されている。
中でも、昭和五十九、六十年度に実施された西大津バイパス建設に伴う調査では寺院跡が発見され、現在「穴太廃寺跡」として国の史跡にも指定されている。
また、日本では一般的ではない大壁造り建物や礎石立建物も見つかっており、周辺の古墳群などとあわせて、渡来系の人々との関係が指摘されている。
今回の調査で見つかった遺構は、古墳時代の大壁造り建物二棟、掘立柱建物一棟のほか、ピット、土坑など。遺物としては、古墳時代から古代にかけての土器類および瓦である。
大壁造り建物は、柱の横木を芯にした大壁で、屋根を支える構造。古墳時代の建物は、柱を地中に掘立てる掘立柱建物と竪穴建物が主流で、大壁造りの建物は滋賀県(近江)、奈良県(大和)など限られた地域でしか見つかっていない。
主な遺構をみると、大壁造り建物(1)は、東辺は約九メートルと推測される。柱材は全部で七本遺存していた。
大壁造り建物(2)は、大壁造り建物(1)の北側に隣接して検出した。おそらく建物(1)に切られており、建物(1)よりも一時期古いものと思われる。柱材は四本遺存していた。
掘立柱建物(1)は、一間(二・一メートル)×三間(一・五メートル―二メートル)で、南柱列の西から二個目の柱穴は検出できなかった。
主な出土遺物については、須恵器、土師器、緑紬陶器などの土器類が主に出土している。大壁建物に関連するものとしては、須恵器、土師器があげられる。緑紬陶器などの古代の土器類は、周辺からの流入であろうと考えられる。この他に土錘や格子目タタキの瓦などが出土している。
今回の調査の主な成果としては、大壁造り建物と掘立柱建物がセットとして検出されたこと。ほかの調査成果でもこれらはセットで見つかっており、今回の調査成果もそれを追認するものといえる。また、大壁造り建物(2)から建物(1)へ建て替えている様子も確認できた。
さらに、大壁造り建物については、従来から渡来系の人々との関連が指摘されており、本調査地点においても何らかの渡来系の人々の生活があったものと考えられる。







