従軍体験、涙ながら語る 「ヤギより軽い少女の命」
◇湖南・草津市
戦争行為を放棄した「憲法9条」を考える集い(憲法9条を守る草津市民の会主催)がこのほど、草津市立まちづくりセンターで開かれ、米国から来日した反戦イラク帰還兵の会、アッシュ・ウールソンさん(27歳)が戦場での体験を語り、平和憲法の大切さを訴えた。
ウールソンさんは学資のために州兵となり、二〇〇三年から二年間イラクへ従軍。イラク市民を犠牲にする戦争の現実を目の当たりにし、帰国後「反戦イラク帰還兵の会」に参加した。昨年五月の「九条世界会議」(千葉県幕張)の際、広島から千葉までのピースウォークで「貧困と戦争の廃絶」を訴えながら歩いた。
戦場の光景は、「正義の戦い」を信じていたウールソンさんを大きく揺さぶった。米兵は、イラク人を人間と思わないように、「ハジ」と呼ぶよう教育された。これは蔑称で、太平洋戦争中、アメリカ兵が日本人を「ジャップ」と蔑み、日本人がアメリカ人を「鬼畜米」としていたのと同じである。
州兵だったので正規軍(陸・海・空軍、海兵隊)のように実戦には加わらなかったが、クウェートからバグダッドまで物資調達するトラックの護衛をしていた。晩夏の頃、八歳の少女とヤギ二頭を殺害する事件がおこった。
上官は早速、補償金について親族と交渉するため、ウールソンさんを含む多くの護衛兵を連れて、父母の住む家へ向かった。現地に到着した一行は反撃を警戒して家屋を囲んだ。外で遊んでいた少女の妹・弟はこれを見て、危険を感じて家の中へ逃げ込んだ。
家からは、母親と思われる女性の泣き叫ぶ声が聞こえた。しばらくして父である農夫が、話をするために出てきた。約十五分間、話し合われた結果、少女の補償額は百万ドル、ヤギは一頭につき二百万ドルが支払われることに決まった。補償額は、生きていればどれだけ稼ぐか、という基準で決められ、少女の命はヤギの半分に過ぎなかった。
この頃から米兵から現地人への暴力的行為が表面化し、軍用車に近づく子どもに対しても、パチンコ玉をぶつけるようになった。理由は、手榴弾を投げ付けてくるかもしれないからだ。しかし、一度だってそんな事件はなかった。
ウールソンさんは帰国後、後遺症で社会に復帰できず、今でも悪夢に悩まされる。他の帰還兵の多くも後遺症にかかり、自殺率は一般人の二倍、ホームレスの三分の一は彼らで占めるという。
講演でも当時の記憶がよみがえったというウールソンさんは、目を潤ませたり、頭を抱えながら語り続け、最後に「平和は暴力で決して達成されない。人と人の良好な関係が、国と国の関係をつくるというインドの運動家ガンジーの言葉を信じている。また憲法九条の素晴らしさを信じている」と締めくくった。






