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箕作山と八日市市街が接する山の端に鎮座する。太子が八日市に市場を開くことを勧めた頃、この地にあった太子が建立した瓦屋寺の別院「延命山尊勝寺」の鎮守社として始まったとされる。湧き水に対する祀りが見られるほか、巨石を組んだ桃山時代初期の作庭の「松尾神社庭園」が残されている。土盛りと石だけで造られた植物と実際の水を排した枯山
建設業の大兼工務店(東近江市佐生町)はこのほど、地域貢献の一環として、空間除菌システム「バクタクリーン」を使ったボランティア作業を平田コミセンで行った。 同社によると、バクタクリーンは、天然成分由来の溶液を噴霧器で散布することで、細菌やカビの胞子を取り除くもの。これにより化学物質に対するアレルギー症状や過敏症、ぜんそく
近世中山道に面して建つ。聖徳太子が四天王寺に瓦を運ぼうとしたとき、にわか雨に見舞われて雨宿りをした。格式の高い寺で、山門前を乗馬で通る非礼をおかすと、必ず落馬などの事故が起きるため、寺門を閉ざした「開けずの門」となった。
太子が四天王寺の瓦を箕作山で焼くため、瓦屋寺を建立する際、その守護のために勧請された。吉住池の用水が五個荘方面に流れる途中にもあたる。また、御代参街道の途中にもあたり、八日市と東山道とを結ぶ水の道・陸の道の要所に鎮座している。
太子が四天王寺の瓦を焼く際に、粘土を取った後に水が溜まり、吉住池になったと伝えられる。太子は各地に灌漑用水地を掘らせたと伝えられるが、吉住池もその関係で語ることができる。この水の水源は瓦屋禅寺であり、自然信仰と太子の関係もみえる。
――ミュンヘンの次にアウクスブルクを訪ねられてますね。 レオポルト ええ、私の生まれ故郷ですから、昔の学友で今は市長になっているランゲマンテルさんを訪ねてみるように息子に言いました。またヴォルフガングがピアノ職人のシュタインさんの作った素晴らしいピアノを直接見て、何か感じてくれるとうれしいなあと思っていたのです。 ――
日本の冒険家の顔があった場所に309名の仲間を集め終焉を迎える。郷土の先達の譜系は脈々と受け継がれているのかもと想える年齢層も嬉しい。マイナス25度体験は終わったが西堀イズムは熱を帯びた。 東近江の芸術を愛する会 北川幸夫氏 ▽会期・会場=9月17日~令和5年1月15日、西堀榮三郎記念探検の殿堂
言い伝えによれば、聖徳太子が石馬寺から百済寺の間を往来したときに、一里ごとに地蔵菩薩を安置して道標とした。長い年月の間に多くは失われたが、三体が露座で残されていた。これをここに集めてお祀りするようになった。
「知的財産」のある場所に人は魅力を感じ、集まり出す。通りすがりでも『はっ!?』とすることが大事なのだ。この展覧会は、「チーム・愛する会」と科学の知性がタッグを組んで、全力疾走してきた。 これからも、「感性の種をまき、実を実らせ、刈り取る」ことをモットーに。 東近江の芸術を愛する会 垣見真由美さん ▽会期・会場=9月17
明神山に向かう登拝道は、途中の三叉路で石馬寺・雨宮龍神社・六所神社へ向かって分かれる。六所神社は、推古年間に創始されたと考えられる。境内には磐座が露出し、神として祀られている。
繖(きぬがさ)山山系の一支峰で、五個荘町側から見ると美しい三角錐の典型的な神奈備型の山容を示す。この山頂にあたるのが雨宮龍神社で、太子が霊威を感じ、神と対面したところとなる。石馬寺の本体はこの雨宮龍神社とすることができる。典型的な磐座祭祀。
繖(きぬがさ)山の北尾根中腹に建つ。太子がこの地を訪れ、乗っていた馬を傍らの松の木に繋ぎ、礼拝して戻ると乗馬が石に変じていた。太子は神のなせる奇跡と感激し、ここに一精舎を建立。石になった馬にちなみこの名を付けた。参道登り口には石に変じた馬が沈む「石馬の池」や松の木がある。本尊は太子作と伝わる十一面千手観世音菩薩立像。そ
20年に亘る私共の活動は常に「挑戦する事」に生き甲斐を感じる日々でありましたが、当展の他にも商店街や保育園とのコラボなど会員のチームワークよろしく楽しんで参りました。今回はこれまでに無い大規模な展覧会に挑戦です。 東近江市の芸術を愛する会 会長 小嶋太郎▽ 会期・会場=9月17日~来年1月15日、西堀榮三郎記念探検の殿
繖(きぬがさ)山の山裾に建つ。「神崎郡誌稿」によれば、聖徳太子が開基した薬師如来の古道場で、本尊薬師如来は太子作。近くに養命瀧不動があり、瀧とともに不動明王が祀られている。近くの日吉神社から北向岩屋十一面観音堂に登ることができる。
昔、聖徳太子が石馬寺を建立するにあたり、五智如来を五箇に安置し、五箇神社を創始した。当社天御中主尊は大梵天王と同体で、本地観世音菩薩。若宮権現は五智如来の中心である大日如来と同体。神仏混交の信仰を伝える。境内の巨木も魅力。
――最初の町、ミュンヘンでは、宮廷の職を手に入れられなかったと聞いていますが。 レオポルト ええ、その通りです。当地の選帝侯から「空席がない」と断られたようです。ただ、私には、この返答は想定内のことでした。ミュンヘンとザルツブルクは隣町も同然です。ザルツブルクを飛び出した若い音楽家を隣町ですぐさま雇ったとなると、選帝侯
太子が金堂に大寺院を建立した際、その鎮守として創始された。後に、観音寺城の鬼門にあたることから佐々木六角氏の崇敬を集める。さらに、五個荘商人の紐帯の場としての役割も担う。現在の祭神は菅原道真。境内には見事な鎮守林が広がる。
太子が金堂に寺院を建立した際にここで休息した。これを不動坊という僧が歓待。後に、不動坊が不動明王の顕現であることを知った太子が感動してここに寺を建立した。
東京・日本橋の滋賀県情報発信拠点「ここ滋賀」は、9月も沢山のイベントを実施する。苔(こけ)の名所・金勝寺(栗東市)へといざなう苔テラリウムづくりワークショップ、1階マーケットで「近江牛カレーパン」が人気の滋賀フーズ(守山市)による催事販売の他、滋賀県茶業会議所による新ブランドのお茶の試飲販売会を開催する。 また、8月か
太子がこの地に大寺院を建立した。この寺院の金堂があったところが「金堂」という地名として残された。近江商人屋敷が建ち並ぶ、伝統的建造物群保存地区と重なる。