「ステージパパ、レオポルトの本音」 レオポルトの生まれ故郷(26)
――ミュンヘンの次にアウクスブルクを訪ねられてますね。
レオポルト ええ、私の生まれ故郷ですから、昔の学友で今は市長になっているランゲマンテルさんを訪ねてみるように息子に言いました。またヴォルフガングがピアノ職人のシュタインさんの作った素晴らしいピアノを直接見て、何か感じてくれるとうれしいなあと思っていたのです。
――血のつながった弟さんも、おられるわけですから、息子さんはアウクスブルクでは大いにもてなされたのではないですか。
レオポルト いや、演奏会をするのにも、ひと苦労したようですよ。何といってもあそこは、宮廷もないし、決して文化レベルも高いといえない。教養のない連中が多くて、ヴォルフガングがイタリアでもらった勲章のことで、市長の息子にからかわれたり、演奏会の約束をはぐらかされたりと、結構不快な思いをしたようです。「従妹のベーズレと会うことがなかったら、アウクスブルクに来たことを後悔したことでしょう」とまで言ってますからね。まあ、そうは言っても、シュタインさんのピアノを見て、音楽に浸り切りたいという思いを一層強くしたみたいだし、生意気にも、シュタインさんの娘さんを例にあげて、私にピアノ指導上の注意点まで書いてきましたよ。確かにあれは、まだ若いけど音楽に関しては一家言持ってますからね。
――従妹のベーズレさんとは、息子さんはその後も手紙の交換されてますが、お二人の関係はどんな感じで見てらっしゃったのですか。
レオポルト いやー、ベーズレは大した女ですよ。私にとっては、姪にあたるわけですから、あまり悪口は言いたくないのですが、軽率で、慎重な行動ができない子です。息子がああいう明るくて、屈託がない子が好きなのは分かっていました。ただ親戚とはいえ、二人はもう少年や少女ではありません。何か間違いがおこらないかといつもヒヤヒヤしていました。それに、あの二人が交わした手紙の開けっ広げなこと!恥ずかしくて口にも出せませんが、あれは、きっとベーズレのペースに息子が悪乗りしたのです。何しろヴォルフガングは人に調子を合わせることにかけては、天才的ですから。それは音楽についても言えて、旅先でいつも何か新しい様式に出会うと、それに自分の音楽を合わせます。土地土地の気風にうまく自分を適合させるのです。
――ベーズレさんはその後、どうなったのですか。
レオポルト ヴォルフガングと別れたあと、結局、あの子は、素行の悪い教会関係者に付け込まれ、私生児を生むことになりました。笑い話ではなく、もし息子の子供だったら、私は気が狂ってしまったことでしょう。人生、何が起こるか分かりませんからね。
――では、次回は、マンハイムでの出来事を聞かせてください。
モーツァルト・バー「キール」
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