近江出身・小堀遠州の歴史小説
【東近江】 戦国時代は武功で名を成した武将が多くいるが、文化面でのし上がった武将もいた。その一人が、近江長浜出身で茶の湯や造園、築城など多方面で才能を発揮した小堀遠州(1579~1647)だ。
そんな近江の偉人を広く知ってもらおうと、郷土史研究家の丁野永正さん(81)=東近江市建部瓦屋寺町=は、歴史小説「綺麗さびの茶人 小堀遠州」を出版した。カバー画は、日本画家の鈴木靖将さんが、人間味あふれる小堀遠州をユーモラスに描いた。
郷土史研究家の丁野永正さん出版
茶道「遠州流」、名古屋城築城、作庭
まずよく知られる茶人・遠州について、丁野さんは「千利休の高弟であり、美濃出身の武将、古田織部との出会いが大きい。そのことが千利休の『わび茶』から、創意工夫により武士らしい『大名茶』へ花開かせた。これが大名を介して全国各地へ伝えられ、茶道の発展につながった」と話す。
また、作事(作庭、築城)の名人としても、名古屋城の築城といった重要な仕事に関わった。大坂の陣で師匠の古田織部が豊臣方への内通を疑われて切腹させられても、なお幕府の信頼は変わらなかった。
一寸先が見えない戦国の世で、最終的に遠州が生き残ったのはなぜか。それは、「才能はもちろん、家康の信任を受ける藤堂高虎の養女を妻に迎えたことが大きい」という。
さらに「藤堂と小堀は、もとは浅井家の家臣で、秀吉と家康に認められた点も似ている。築城の名手である義父の高虎から、秀吉の次は家康の時代と諭され、ノウハウや人脈も受け継いだのでしょう」と推測する。
書籍の内容は、第一部「小堀正次の時代」は、父・正次をはじめとする人々から影響を受けて将来のきざしを現わしはじめた少年~青年期を描く。第二部「小堀遠州の時代」は、武将または幕府官僚としての足跡。第三部「茶人大名の遠州」は、茶人、文化人としての遠州に焦点を当てる。
このほか、遠州ゆかりの庭園や寺院、茶道具、小堀藩の小室城址(長浜市)や近江孤逢庵(同)などを豊富な写真や文章で紹介し、観光案内としても楽しめる。
定価1500円。販売は、ショッピングプラザ・アピア(八日市駅前)の平和書店、レンタルギャラリー&カフェ「エコール」(八日市清水2)、ヒトミワイナリー(山上町)、河毛駅コミュニティハウス(JR河毛駅)。問い合わせは、サンライズ出版(TEL0749―22―0627)へ。






