国産コーヒー発祥地
小笠原で国内初めてのコーヒー栽培を指導したと伝わる榎本武揚については、小笠原ビジターセンターで紹介されていないため、父島で当時のコーヒー栽培を続けている野瀬もとみさん(54)を訪ねた。
父島にコーヒーの栽培が始まったのは、明治11(1878)年、 オランダ留学でコーヒーの存在を知った榎本武揚が、インドネシア・ジャワ島のコーヒーの育種研究で知られるボゴール植物園から苗木を譲り受け、小笠原で試験栽培をはじめたとされる。
持ち帰った7種のうちの1つティピカ種は、現在も野瀬もとみさんが経営する農園で栽培され、小笠原コーヒーの歴史を受け継いでいる。
もとみさんで5代目となるコーヒー栽培は、明治の初め父島に渡った祖先がはじまり。農園は1968年、終戦後の米国統治から小笠原諸島の日本返還が実現するまで23年間、放置されたままだった。
日本返還により、父親が疎開していた東京都内から定期的に島に戻り、荒れ地になっていた農園の復活に汗を流した。生い茂る雑草の中から祖先が植え、野生化したコーヒーの木が見つかった。
東京から父島に足繁く通い、農園復活に情熱を傾ける父親の姿を見て、もとみさんは、東京での会社勤めを辞め、父親の農園復活を手伝った。30歳だった。
それから24年。農園は、もとみさんに代替わりし、コーヒー栽培を中心に農園経営を続けている。ピーク時には、山の傾斜地に1300本のコーヒーの木を栽培し、年間2トンの収穫があったが、3年前の台風で土砂崩れが発生し、500本ほど失った。また、昨年4月の台風で開花した花が全て飛散する被害に見舞われ、今期の収穫はほとんどできなかった。
それでも、もとみさんは「自然には、逆らえません。日々、やっていることが楽しく出来ているので、最低限の生活が出来ればいいのかなと思っています」と笑顔で話す。
1本の成木から収穫できる豆は2キロほど。一粒一粒、手で摘むため2キロ得るのに2時間かかる。製品のコーヒー豆になるのはその10分の1の200グラム。人件費が単純に1時間2千円として、袋入り200グラム500円では、生産コストもまかなえない。
このため、同園では観光客向けの小笠原コーヒー体験ツアーを企画。来訪客に小笠原コーヒーを知ってもらえることや、その歴史的価値にも理解を深めてもらえることがやりがいに結びついているという。豆の販売だけよりは利益があるが、儲かるまではほど遠い。
「儲けよりも、小笠原コーヒーの歴史と栽培の継承が大事だと思っています。コーヒーを飲んだ体験ツアーのお客さんに『おいしい』と言っていただけることが、今取り組んでいることへの答えになっているのかなと思います。やりたいことに取り組めている今が幸せです」と、もとみさんは話す。








