「令和」のはじまり 新時代の期待と役割
新元号「令和」に改元されました。万葉集にある「初春の令月(れいげつ)にして、気淑(よ)く風和(やわら)ぎ、梅は鏡前の粉(こ)を披(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の香を薫(かお)らす」を出典としていること、大変にうれしく思っています。漢籍ではなく国文からの出典はいうに及ばず、日本人ならではの「目に見えぬ香り」を春ととらえる感覚をもったものだと思うからです。今、この時代に改めて目に見えないものに心を遣(や)るということの意味を感じたいと思っています。
戦後のモノを中心として動いた時代から、心を中心にした時代へと確実に動いていますが、現実はまだまだせめぎあっています。世の中には生活のためだけに働かなければならない人が大勢います。仕事は、生活の手段であると同時に、やりがいとよろこびでなくてはならないにもかかわらずです。また働く場が与えられていない方もおられます。働き方改革として方向の一部は示されていますが、目に見えない心の価値を見つめるには現実とのギャップを含めてまだまだ忙しすぎるのです。行政の課題は本質的にそこにあります。
これからの時代、進むべき方向はあきらかで、人々は豊かさ以上にやすらぎを求めていると感じています。その中で、わが市は「心」という目に見えない価値を提供できる市になっていきたいと思います。それはあらゆる局面にあてはまります。観光、農業、教育、文化、福祉と分野を限ることはありません。観光で言えば「おもてなしの心」であり、農業でいえば食する人に喜んでもらえるだろう「こだわり」につながっていきます。それは一般に媚びるものでなくても、ひとりひとりの思い込みであってもよいと思っています。新しい時代にこだわりを創りあげていければ最高です。







