自治刻刻 いざ 歌わんかな琵琶湖周航の歌を
♪われは湖の子さすらいの♪琵琶湖周航の歌ができて100周年になります。日野町町民大学で元NHKアナウンサー飯田忠義氏に「琵琶湖周航の歌誕生の謎とロマン」と題して講演いただきました。その講演の一部を紹介します。歌は旧制三高(現在の京都大学)の学生歌、寮歌として歌い継がれてきました。作詞は、三高水上部(ボート部)部員であった小口太郎氏で、大正6年6月28日、ボートで琵琶湖を大津から雄松(近江舞子)へと周航し、今津の宿舎で歌詞を仲間に披露しました。その歌詞に仲間の部員が「ひつじくさ」という歌の曲をつけてできたそうです。「ひつじくさ」は讃美歌で作曲は新潟出身の学生吉田千秋氏でした。琵琶湖の美しい叙情を描いた歌詞と賛美歌の調べがマッチし名曲が誕生しました。小口太郎氏は、信州諏訪の出身ですが、戦艦大和の最期の艦長有賀幸作氏は同郷の同年です。そのため大和の艦内では勇ましい軍艦マーチとともに琵琶湖周航の歌が流れ、水兵さん達は歌を聞き故郷への思いを強くしたそうです。
ところで6月23日は、「沖縄慰霊の日」。米軍の沖縄本島上陸作戦が始まったのは昭和20年4月1日、沖縄に向かった大和が撃沈されたのは4月7日、日本軍の組織的な戦闘が終結したのが6月23日です。太平洋戦争で「本土」で唯一地上戦が戦われたのが沖縄です。戦後も広大な米軍基地負担を担い、今また辺野古に新たな基地が建設されようとしています。反対の声が高まるのも当然です。沖縄の基地の削減こそ大切です。
大学の頃、仲間と肩を組んで「湖の畔、古城が麓、我等が青春はこの地に燃えた・・・いざ、歌わんかな琵琶湖周航の歌を」とエールを発し、よくこの歌を歌いました。瀬田の夕照、比良の暮雪、琵琶湖を囲む美しい風景、沖縄の青い海もまた美しい。若い二人の学生によって誕生した琵琶湖周航の歌、琵琶湖を次の時代につなぐとともに若者の夢が膨らむ平和な国をつくるために力を合わせましょう。






