自治刻刻 「企画・発案のできる公務員を望む」
日本のあらゆる分野は東京一極集中といっても過言ではなく、特に政治は中央集権そのものではないでしょうか。しかも日本の政治は間接民主主義制度が根幹をなしており、国民の意見がストレートに国・県・市という行政に反映されているかといえば、必ずしもそうとはいえません。その結果として、同じ基準(法律)での規制なり統制が働くため、「特色あるまちづくり」とは声のみで、北海道から沖縄まで全国的に「同じようなまち」が形成されてきました。
また戦後、国の指導に基づき、県・市が疑問もあまり持たず一向一心な前向き姿勢で取り組んできたことが、世界に誇る経済大国日本を築いてきたことも、これまた否定できません。しかし、世界経済が安定せず下降気味になると、国も県も市も元気がなく同じ問題を抱えることとなります。だからこそ、地方の元気なくして国の発展なしといわれるゆえんがここにあります。その処方箋の一つとして地方分権が叫ばれ「地域間競争」という言葉も脚光を浴びるようになってきました。
しかし、今日まで戦後日本を支えてきた中央集権、一極集中はそう簡単に変わることなく、その原因は、やはり公務員の意識変革の不足にあることは否定できません。例えば地域の声に耳を傾けるとしても、まず戦後一貫しての法律にしばられ市民の「声」を生かす努力は少ないと思います。以前のある総理で「KY(漢字、空気、経済が読めない、よく知らない)」の方がお見えでありましたが、特に県職員の皆さんにそのような方が多いとするならば大変残念であります。何を言っても最初から地域の実情をきめ細かく理解することもなく、また法律そのものを多面的に検証することもなく、ただ国の代弁者になってしまわれる方が多く見受けられると思っているのは私だけではないと思います。
今や国・県は基礎自治体を支えるいわばサポーターの任を負ってもらうご時世でありますが、未だ国・県・市という上下関係を思っているならば、これに勝る不幸はないと思います。日進月歩で変わっていく世の中にあって、公務員は変化に柔軟に対応し、同じスピードで変化についていくこと、さらには時代を先取りすることすら求められています。今一度、民主主義とは何かを市職員含めて公務員はもっと謙虚に考えるべきと思いますが、読者の皆様は如何でしょうか。企画力、発想力が今ほど大切、必要な時はありません。






