日野町長 藤澤 直広
「湖がほとり古城がふもと我らが青春はこの地に萌えた・・・・いざ歌わんかな我らが逍遥の歌『見よ満々として』」。声を張り上げ前口上を述べ歌いだします。毎年、大学の陸上部のOB会に参加。「見よ満々として」は、滋賀大学経済学部の前身の彦根高商の校歌で今に歌い継がれています。当時は、彦根駅から自転車で堀端をとおり通学、木造の学舎で100分の講義を受講。大学生になってはじめて耳にした言葉、「コンパ(飲み会)」「バイト」「サテン(喫茶店)」など。大学生は自由であり勉強するのもしないのも自由。広い原っぱに立って自分がどこに向かうのか道を見つけなければなりません。当時はフォークソングや長髪が流行、学生運動や反ベトナム戦争の運動もありました。若者は社会に目をむけ行動していました。18歳、大学1回生の12月、滋賀県知事選挙で武村知事が当選。京都の蜷川知事をはじめ東京や大阪など大都市の「革新自治体」に滋賀県も仲間入り。翌年の滋賀県議会議員選挙でも「知事与党」がどれだけ当選するかが大きな関心事でした。
知事といえば注目されているのが沖縄県の翁長知事、辺野古への基地建設反対をアメリカまで訴えにいかれました。沖縄県民の圧倒的世論に聞く耳を持たない状況に「日本の国の政治の墜落ではないか」と話されています。なるほど。
「なるほど」という出来事といえば、衆議院憲法調査会に招致された憲法学者全員が「集団的自衛権行使は憲法違反」と明言されたこと。これまでの憲法解釈を捻じ曲げることは、立憲主義に反するもので「政治の墜落」ではすまされません。
ところで70年前、沖縄戦が終結した6月23日、毎年、沖縄戦没者追悼式が行われ、高校生らが「平和の詩」を朗読します。歴史を学び社会に目をむけ発言する姿は、眩しく頼もしい。
18歳選挙権が衆議院で可決されました。未来は若者の手の中に。若者の夢が花開く平和で希望があふれる社会をつくるために力を合わせましょう。






