日野町長 藤澤 直広
鈴鹿の山から吹く風にのって大凧が空高く舞いあがりました。2月11日、東近江市制10周年記念式典が盛大に開催されました。オープニングを飾ったのは八日市高校吹奏楽部60名による演奏、さわやかで力強く参加者を魅了しました。演奏する部員は、黒地にグレーの襟のセーラー服、50年以上も変らぬ制服に憧れて入学する生徒も少なくないと聞きます。高校時代、卒業をひかえクラスで延命公園に行き名残を惜しみ、ちょっぴり胸を振るわせたこと、「雲は行く鈴鹿の彼方♪」と校歌を歌ったことなど懐かしく思い出します。
ところで、日野町は3月16日、昭和30年に一町六村が合併し現在の日野町になり60周年を迎えます。日野町が日野町として歩みを進められることはありがたいことです。先人の皆さんの御労苦に心から感謝いたします。「日野」という地名は1000年も前の古文書に出てきます。名前の由来はいくつかありますが「肥沃な野」が「ひの」になったという説もあります。
古来、野を耕し、米をつくり生活の糧として農業が営まれ「村」を形成してきました。農作業も水利も共同で行ってきた農業・農村は「助け合って生きる社会」のうえに成り立っています。助け合って業を営むのが協同組合であり、農協(JA)は農業・農村を支えてきました。今、TPP交渉が終盤を迎え、米価が一俵1万円を下回る大変な状況なのに交渉合意のための米の輸入やTPP反対の中心である農協を「改革」の名で弱体化させる動きに批判の声があがっています。
3・11東日本大震災から4年。3・11の教訓は、自然に畏怖の念を持ち、自然と共生し、「助け合って生きる社会」をめざすことだと思います。「改革」だとか「規制緩和」という名で必要な社会のルールをなくし、「強い者勝ちの社会」にしてはなりません。
鈴鹿の山の雪も溶け、吹く風は暖かさを増し、春はもうそこまできています。人々が手をつなぎ誰もが幸せになる社会をつくるために力を合わせましょう。






