日野町長 藤澤 直広
「湖のほとり古城がふもと我らが青春はこの地に燃えた・・・」前口上を語り、大学歌や琵琶湖周航の歌を仲間と肩組んで歌ったのは30数年前。彦根駅から自転車に乗り彦根城のお堀づたいに大学に通っていました。大学でも陸上競技部に在籍し専門種目は長距離走。その母校の「体育会」の幹部リーダー研修会で話す機会がありました。なるほど「体育会」役員は学生服を着用。参加者は講演中に私語はなく集中して聴いてくれました。講演では「駅伝の練習で長浜港まで往復20kmを越える長距離走をしたときの疲れと達成感。力のある部員もそうでない部員も自分の能力を一生懸命高める努力をする気風のある部活動。進級が難しいとき英語の先生に嘆願書を書いたこと」など思い出話をしました。また、経済学部の学生なので近江日野商人の三方よしの理念や、経済学が社会の発展のための学問であることなども話しました。学生の皆さんが額に汗してスポーツに励み学問を身につけ青春を謳歌して欲しいと思います。
来年は戦後70年になります。昭和18年「学徒出陣」で学生も戦争に駆りだされました。こうした歴史を繰り返してはなりません。ところで、今年を代表する言葉として「集団的自衛権」と「ダメよ~ダメダメ!」が選ばれました。つづけて書くと「集団的自衛権、ダメよダメダメ」。まるで国民多数の意思を表わしているかのようです。銀幕のスター菅原文太氏は、昭和8年生まれで戦争体験者、山梨県で農業もされ田舎の応援団、全国町村長大会で講演されたこともあります。「政治の役割は二つある。ひとつは国民を飢えさせないこと。そして最も大事なことは絶対に戦争をしないこと。」亡くなる1か月前、沖縄の集会での言葉です。平和な社会を続けるために力を合わせましょう。
♪遠くかすむは彦根城、波に暮れゆく竹生島♪合宿所で雑魚寝をしたりコンパのあと友人の下宿に転がり込んだり、平和だからこそ、ふりかえれば「青春」していました。






