日野町長 藤澤 直広
日野町で生まれた戦国武将蒲生氏郷は、日野6万石から伊勢松阪12万石、会津若松42万石(後に92万石)へと出世しました。そのご縁で9月23日に開催された「会津まつり」に参加しました。「会津は白虎隊で有名だけれど会津の発展の基礎を築いたのは蒲生氏郷」という人も少なくありません。日野手作り甲冑隊、日野祭曳山囃子方交流会も参加、昨年の大河ドラマ「八重の桜」の主人公、綾瀬はるかさんとともにかつての日野町通り(今は甲賀町通り)をパレード。
今年の大河ドラマは「軍師官兵衛」。同時代を生きた武将氏郷とは共通点があります。二人は九州攻め小田原攻めに参戦、クリスチャン大名、茶道で千利休と交流、京都大徳寺内の塔頭に墓があります(龍光院に官兵衛、黄梅院に氏郷)。二人は秀でた武将で官兵衛は九州の押さえに、氏郷は奥州の押さえに配置されました。秀吉に「次の天下人」と恐れられ遠方に配置されたという説もあります。封建時代の主従関係は絶対であり自由に意見を言うことなどできません。
封建時代から近世、近代国家へ。明治憲法や帝国議会はできたけれど次第に自由のない軍国主義国家へ。好評のうちに終了した朝ドラ「花子とアン」はそうした時代背景も映していました。花子の腹心の友の蓮子は出征する息子に「無事に帰ってきて」とすら言えない戦争一色の「時代に平伏したくない」と語ります。他人に聞こえれば「非国民」と言われた時代です。息子は戦死。終戦後「大事な息子を戦争でなくした母親は二度と戦争をしない平和な国をつくりましょう」とラジオで呼びかけます。花子が戦時中に密かに翻訳した「赤毛のアン」はベストセラーに。その一節に「曲がり角を曲がればその先には一番いいものがある」というフレーズがあります。「一番いいもの」それは、平和で自由な社会。歴史を逆戻りさせることなく誰もが幸せになる社会をつくるために力を合わせましょう。ごきげんよう。






