近江八幡市長 冨士谷 英正
当たり前の事とは思いますが、私達は一日たりとも新聞に目を通さない日はなく、正に日常生活を営む上で新聞は欠かす事の出来ないツールの一つであります。朝、目を覚ますと一番に新聞受に足を運び、待ちに待った(?)新聞を取りに行き、まず全体的に見出し記事に目を配り、その後に時間の許す範囲内で関心の高い記事から目を通し、一日が始まるのが私の日課となっております。しかし、現代の若者は新聞購読をせず、インターネットを通じて情報を得ているという若者が増加の傾向にあると云われております。どちらにしましても情報源は夫々違っていても情報を得る事は同じであります。それ程、国内外の情報がスピーディーに私たちの目に届けてもらっている事になります。勿論、テレビ、ラジオもありますが、やはり聞くより「読む」方が大切な情報を正確に知ることができるのではないかと思います。何故ならば、読み返しや保存が可能であるからであります。(このような事を書きますと時代遅れやなぁといわれるかもわかりませんが…)
以上の様な感覚で今日迄新聞と向かい合っておりました。が、最近はと云えば…
それは、新聞報道の原則であります。公正、公平、中立性に疑義を感じる事があります。それは、例えば8月6日に開催された県と県内13市6町の首長との自治創造会議の知事へのぶら下がり報道であります。知事云わく「流域治水条例は合意を得た」との報道がされましたが、市町長側は一切合意という理解はしておりません。何故ならば、自治創造会議なる会議は物事を決定する機関でないからであります。あくまでも基礎自治体(市町)と県間での課題解決に向け双方が意見交換及び、情報交換するというものであります。仮に知事のコメントを報道するならば、一方の市町側のコメントも報道すべきと考えます。或いは自治創造会議の主旨をまず報道し、知事コメントについては読者に判断をゆだねる事も一方法ではなかったのか、更に7月3日は某新聞による「焼却場建設、隣町が反発 反対気炎に自治体の壁」との見出しには、おそらく関係者、特に近隣自治会の皆さん方も、さぞ驚かれた事と思います。しかもその時の報道写真は4か月前の3月4日に近隣自治会に説明にお伺い時の情景写真が掲載されておりました。報道は「スピーディーに正確に」と思いますが、4~5か月前の写真を掲載される意図も理解に苦しみます。いずれにしましても報道機関はその任務と責務と又、読者の立場に立っての正確な報道を願いたいものであります。又、私達読者も報道内容について「目的意識的な報道」ではないか等の判断をすべきと考えます。即ちマスコミ報道を正しく見る目をしっかりと持つべきではないでしょうか。






