東近江市長 小椋 正清
かつて、イザヤ・ベンダサンの著書『日本人とユダヤ人』において、日本人にとって水と安全はタダであると述べられていたが、現代の日本において、さすがに水と安全がタダだと思っている人はもういないだろう。私自身も何年か前にペットボトルの水やお茶が出てきたときは、こんなものは飲むまいと思っていたものだが、今ではこうした抵抗感はすっかりなくなってしまっている。
とはいえ、水道の蛇口をひねって出てくる水をそのまま飲料として口にすることができる国は、世界広しといえどもそう多くはない。緑豊かな森林資源に恵まれたこの国に感謝するとともに、この豊かな国を守っていかなければならないことを自覚すべきである。
一方、安全についてはどうだろう。人類が近代科学文明に手を染め利便性・快適性を追求すればするほど、そこに潜むリスクも甘受しなければならないことを忘れてはいけない。高速度交通は死に直結する危険との背中合わせの状態で進展し、犯罪はますます悪質巧妙化してきており、先人が築いてきた安全神話も本当の神話になりつつある。
日本人は、こういったリスキーな要素を認識しつつ、うまく乗り越えてきている独自の文化を形成してきたのであるが、農耕民族たる日本人がその土着性の高い文化の中で築き上げてきた和の文化、今風に言うと共助の文化であろうか、その風土に崩壊の萌芽が見てとれることを感じざるを得ない。言い換えると今たいへん危険な時期にあることを認識すべきであるということである。広く防衛、外交においてもその傾向は顕著であり、影響も少なくない。
そろそろグローバル・スタンダードを是とする価値観から、ジャパニーズ・スタンダードへの転換を必要とする時期に来ているのではないだろうか。






