農地開発を知る貴重な遺跡 新発見の桁行三間掘立柱建物跡
◇全県
県教委は十九日に開いた委員会で、県文化財保護審議会から答申を受けた四件(美術工芸三件、記念物一件)の文化財を新たに県指定有形文化財に、一件を無形民俗文化財(選択)に登録することを決めた。これにより指定件数は四百七十一件に増える。
このうち、東近江市野村町の田園で発見された「金貝(かなかい)遺跡」が記念物として登録されることになった。
同遺跡は平成二十年、蛇砂川改修事業に伴い進められていた八日市新川工事現場から発掘されたもので奈良~平安時代(八世紀後半から九世紀前半)を中心とする集落跡。東西約六百五十メートル、南北約四百メートルの調査範囲から庇(ひさし)付きの大型掘立柱建物跡を含む建物群とその隣接地から単独で建つ桁行三間幅の掘立柱建物跡、その間に造られたかんがい水路が見つかった。
同地域は、古くから愛知川からかんがい用水を引き込んで農業が営まれて来たところで▽同遺跡内に八世紀前葉の竪穴式住居が少ないことから、見つかった八世紀後半の集落跡とかんがい水路は、この時期に有力者支配による農地開発が始まったことを物語る遺跡であること▽同時に見つかった桁行三間幅の掘立柱建物跡は、これまでの発掘調査では類例がなく全国初の出土でないかと考えられる貴重な遺跡で、小規模ながら長い庇があることや特異な小さい柱穴があり、神社本殿形式の三間社流造の可能性が高い発掘事例としても重要な価値がある、としている。
これらの調査結果から同遺跡は、愛知川流域の開発の過程や神社建築の黎明期を示す集落群として、奈良時代の農地開発の歴史を知る上で貴重な遺跡と評価している。
全国でも非常に希な発見とみられる桁行三間幅の掘立柱建物跡は、現在、盛土保存されている。







