新春座談会
嘉田“中庸に生きるモデル”を世界に」
浜「グローバル時代は、地域の時代」
冨田「滋賀県を原点に、環境立国へ」
武村「大国を目指すのは、卒業しよう」
欧州の通貨危機、昨年三月十一日に発生した東日本大震災と東京電力福島第一発電所事故、タイの大洪水など、地球規模で考えなければならない時代を迎えている。同時に滋賀県から世界へ、なにが発信できるかも問われるところだ。そこで、地域主権改革を掲げ関西広域連合でも活躍中の滋賀県知事の嘉田由紀子氏、政界のご意見番である元大蔵大臣の武村正義氏、エコノミストとして通貨から世界を読み解く浜矩子氏にお集まり願い、「3・11後の日本の再生」をテーマに話し合ってもらった。(司会・文責=石川政実、写真・畑多喜男)
行き詰まる世界
司会 ギリシャを始めとする欧州連合(EU)の財政危機が深刻化し、日本も円高に苦しむなど、通貨問題が世界を揺さぶっています。浜さんは、今の世界をどのように見ておられますか。
浜 今は、どうも財政恐慌の時代が到来しているように思います。国々の財政が引き金になって恐慌が起きるということです。恐慌とは、経済活動のショック死現象です。例えば、ギリシャ経済は、いまや、まさにショック死寸前と言えます。それをもたらしているのが、財政の破綻です。
本来、財政というものは、民間経済が恐慌状態に陥ったときに、その状態から救出するレスキュー隊(特別救助隊)の役割を果たすもので、より一般的な意味で政策全般です。ところがレスキュー隊であるはずの財政が、機能を果たせない。そのことが経済活動をまひ状態に陥らせる。
なぜ、そうなるかと言うと、人・物・金は、国境を越えて活動している。それが、いろいろな悪さをする。これに対応して、事態の収拾に当たらなければいけない国は、国境を越えられないというミスマッチな状況に当面する中で、財政が窮地に陥り、そのことが恐慌を引き起こすという、いまだかつてない事態に、われわれは逢着(ほうちゃく)している。欧州がその最先端を行っているが、米国も然りです。もと
より財政状態が一番悪い日本では、その問題がこれから深刻化していきます。
武村 私も、二つのことが世界で起こっていると思いますね。一つは、世界各国が、大なり小なり、財政的に破綻をしてきているということです。もう一つは、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP=注1)につながりますが、いわゆるグローバリズム(地球主義)、言葉を変えれば世界的な市場原理主義が大きな壁にぶつかっている。その具体的な動きの一つが、昨年から米国のウォール街で続いている若者たちのデモ。これは世界の富を独占する一%対貧しい九九%という格差是正を訴えたもので、まさに象徴的ですね。
また財政破綻一つとっても、民主主義が問われています。各国の民主主義の政治は、選挙で選ばれた代表が動かしていますから、端的に言えば、当面の課題にかまけて、中長期のことには、あまり真剣に目を向けない。その成れの果てが各国の巨大な財政赤字です。たまりにたまって日本も、借金が千兆円になっています。
もう一つは、今のグローバリズムの問題です。いわば資本主義そのものが問われている。世界の人口が七十億人を超えました。人類は、この暴発に全く手をつけられません。七十億人という巨大な全人類が、それぞれの欲望を満たすために走りだした。これが、今の地球社会だと言えます。
嘉田 お二人のお話を聞いていると、まさにグローバルな財政問題、そして欲望刺激型の社会の根っこに、いまこそ「人間はどうあるべきか」という道徳の原点と、「人間社会はどうあるべきか」という人と人との相互扶助の原点が問われているように思います。
アフリカに行くとよく分かるんですが、「働かざるもの食うべからず」なんですね。経済がつながっていて、見えやすかった。それが、いわば道徳の「徳」の原点であり、エコノミーとエコロジーの原点だと思うのです。例えば、地域社会の中でも、災害に遭(あ)ったときには、親族なり、近所なりで助け合う相互扶助の仕組みがあった。それが、急速な社会環境の変化の中で、税金(負担)を払い、その税金でサービス(受益)を生み出す近代制度に変わっていきます。
しかし、受益と負担の構造が見えなくなってきて、政治家たちがどんどん借金をしていく。この借金先送り体質が、ギリシャ問題であり、さらには、自然環境を使いたい放題のつけが地球規模で表れているのが温暖化問題です。先進国が作り出した温暖化の影響をモロに受けて、洪水や干ばつなどに悩まされているアフリカやアジアの途上国。直接、責任のない人たちが、この地球規模の不公平を背負う中で、ますます金融資本主義が猛威を振う。これは、近代社会そのものをどうするかという大変な問題ですね。
浜 それは二十一世紀という時代が、グローバル化との付き合い方をまだ見い出していないということです。今年は、その答えを探すことが、全地球的なテーマにならざるを得ない年です。また今年には、米国、仏国、ロシアで大統領選があります。そうなれば、みんな自分のことしか考えなくなる。時あたかも、それでは最も駄目な時に、みんなが内向きになると、恐ろしい展開が待ち受けることにもなるだけに、そこでどう大人の知恵を出していくかが求められます。
3・11が問うもの
司会 日本は、昭和二十年に終戦を迎えましたが、昨年の3・11は、二度目の敗戦とも言えます。3・11をどのように受け止められたか、「卒原発」を提唱されている武村さんから伺えますか。
武村 3・11は、本当にショッキングな出来事でした。私は、人間の弱さ、もろさを一番感じました。東京都知事の石原慎太郎さんは「天罰」という言い方をして、ひんしゅくを買いました。でも「人間は少し思い上がってきたんではないか。日本人よ、科学技術とか、人間中心の社会で、少し成り上がり過ぎていたんではないか」という自己反省があってもいい。そういう大きな出来事だったと思います
第一、地震だけを考えても、日本列島は、四つの大きなプレートの上に乗っかっている。危なっかしい状況の上に立っていることを思い知らされました。さらに原発事故によって、原発を取り巻く科学技術の現実が、まだまだ未成熟だということも知りました。使用済みの核燃料棒が行き場がなくて、みんな原発の中二階みたいなところに、ドーンと何百本も貯めてある。使用済み核燃料の再処理工場として、青森県の六ヶ所村があるけれども、そこへ持っていけない。行き場がないんですね。それ一つとっても、今日の技術では、解決されていないことがよく分かります。
この状況である以上、原発は一つ、二つと減らしていき、いつの時期か、きちんと卒業する目標を定めたらどうかと、「卒原発」を提唱しているんです。
司会 お隣の福井県には、原発が十五基もあります。もし原発事故が発生すれば、琵琶湖は取り返しのつかない事態になりますね。
嘉田 昨年六月、武村さんが「卒原発」と言われて、私は「あっ、これだ」と。今まで、「脱原発」はイデオロギー的で、少し言いにくかったので、早速、武村さんにお電話して「記者会見で、この言葉を使わせてもらっていいでしょうか」とお願いしました。
日本は災害多発地帯ですから、近代技術主義だけでは、自然と共に生きられないことをまざまざと教えられたのが、3・11でした。
寺田寅彦(注2)がすでに明治四十年代に、欧州の科学技術を導入するときには、日本の持っている風土なり、自然なりに配慮しないと、大変な目に遭うと予告しているんです。それなのに日本は、寺田の言う「相地の学」を無視して、地震列島に五十四基もの原発を造ってしまった。
今回の放射能汚染は、影響が長期化する、世代を超える戦後最悪の環境汚染です。これ以上、原発事故を起こしたら、日本列島には人が住めなくなります。ですから、少しでも早く原発を「卒業」し、「二度と原発事故を起こさせない」というのが、近畿千四百万人の命の水源、琵琶湖を預かる知事としての決意です。
浜 私は、「即全面脱原発」ということで、一回仕切り直しをして然るべきではないかと思います。まず脱原発をして、それでやっていけるレベルの経済活動の中で、どう辻褄(つじつま)を合わせるかを追求していくべきです。
よく「それでは経済活動が成り立たない」と言われるけれども、そういう議論で気になるのが、原発がなければ成り立たない経済活動とはいかなるレベルの規模かが問われないまま、「今まで通りの生活をしたければ原発をやめるわけにはいかない」と半ば脅迫めいた言い方で、「脱原発は非現実的だ」と否定されることです。
むしろ、この間の日本の原子力政策は、ものすごく無責任であり、強い疑念すら感じます。昭和五十四年に起こった米国のスリーマイル島原発事故の研究報告書を読むと、福島の第一原発で起きたことは、スリーマイル島で起きた通りの順序で起きている。スリーマイル事故から何も学ばずに、また同じことを起こしてしまった。やはり非常に分からないもの、怖いものに対しては、然るべき畏敬の念を持つことが、政策責任者たる者の全ての出発点ではないか。それに対して電力各社は、謙虚に反省せず、隠ぺいと秘密主義で応えるようになってしまっている。
福島後には、二度と再び福島があってはならない。そういう意味では、アプレ(後)・フクシマは、ノーモア・フクシマであるはずなのに、まだアプレのところに行けない問題が続いています。
武村 いまの日本の電力消費量に対し、三〇%マイナスの時は、いつだったかを調べたら、二十七年前の昭和六十年なんですね。だから、この間は、ちょうど原子力分だけ、電力消費量が増えているわけです。分かりやすく言えば、昭和六十年の経済ないし生活のレベルに戻ればいいということです。あのころは、もう高度成長は終わっていましたし、電気製品も結構普及して、それなりにぜい沢な日本でした。だから、ぜい沢な暮らしの中で、どの程度まで始末するか、省エネをするかという選択でもあるわけです。
嘉田 この二十年間、産業界では、電力需要は全体として増えていません。同じ生産物を生産するのに効率を上げていますから。増えているのは家庭で、一・五倍とか、二倍になっています。ですから、この冬の節電の中心は、家庭やオフィスです。そこで県では、ひとつの部屋に家族が集まり、こたつなどを囲んで節電する「ウォームライフ」を提案しているわけです。
冨田 確かに、どのようにノーモア・フクシマにこぎ着けるかは、大きな課題ですね。日本の場合、当初、原発を米国から輸入して、沸騰水型のマーク1型を建設しましたが、それ以後は原子炉を加圧水型とか、様々なところを日本仕様に開発してきて、ある程度、技術的には安定的なものになりつつあるようですが、一番のポイントは、武村さんがおっしゃった原発から出てくるプルトニウムや放射性廃棄物の最終処分地がないことです。原発を廃炉にして元に戻すにしても、大量の放射性廃棄物質の捨て場がない。日本は長年、それをほったらかしにしてきました。現在、核リサイクルということで、仏国へ汚染された核廃棄物を持っていって再処理をしていますけれど、全部、また日本に戻ってきています。だから最終処分地を日本のどこかに早急に決めないと、「卒原発」は、なかなか進まないと思います。
何処へ行く日本
司会 最後に、3・11後の日本はどのように進んでいったらいいのかを、地域主権改革を唱えて関西広域連合の国出先機関対策委員長を務められている嘉田さんから、お話し願えますか。
嘉田 東日本大震災の被災者の皆さんが自然の猛威の中で、一人ずつがプライドを持って生きる力を示された。人と人とが助け合う中で、日本人の持っている道徳心、あるいは力を発揮されたことに、日本人すべてがもっと自信を持っていいと思います。もう一つの自信は、この自然災害なり、大変な困難なりを乗り越える哲学をわれわれは持っているということです。「形ある物は壊れる。命ある者はいつか死ぬ」という仏教的な無常観を持ちながら、キリスト教世界とは違う哲学、これが、困難な時代を生き抜いていく精神だろうと思います。
この日本というのは、ほどほどの田舎性と、ほどほどの都会性を持って、世界で「中庸に生きる」モデルになり得るのではないかと。だから、決して自信を失わずに生きることです。事実、3・11をきちんと受け止めて、国民は新しい哲学を紡ぎつつあります。問題は、中央の政治と経済がなかなか変わらないことです。そのためにも地域が自治に自信を持ち、元気にならないといけない。
例えば、琵琶湖淀川水系の管理ですが、これまでは上下流の滋賀と京都・大阪とが対立して調整ができなくなると、国に判断を任せてきました。それを当事者同士で解決していく。「ライバル(競争相手)」という言葉が「リバー(川)」から出ているように、元々、上下流は対立するものです。でも、「上流は下流を思い、下流は上流に感謝する」、これが本来の地域主権改革だと思います。もっと現場に即した形で本来の自治を取り戻したいというのが、関西広域連合で国出先機関対策委員長を預かる私の思いです。
司会 EUのように関西広域連合については、共通の地域通貨にするというのはどうですか。
嘉田 通貨は、あくまで日本国の円ですよ。
浜 嘉田さんは「通貨は日本国の円でしょう」とおっしゃいましたが、私は、これからの世の中は、その国の数よりも通貨の数の方が多い時代になっていくと見ています。いままでの通貨の世界は、日本のみならず、世界的に見ても、集約の論理できました。この集約が最も典型的に表れたのが、EUの通貨ユーロの誕生でした。いつの時代にも基軸通貨が存在していたのは、その一つの通貨に、決済性とか
信用力とかが集約される傾向にあったからです。しかし、その時代がもう限界にきて、これから先は、通貨も分散の時代に入るのではないか。従って地域通貨が、独自のアイデンティティーを持ってもおかしくはない。
そのような通貨の独自性を持った地域共同体なり、地域社会なりが地球上で出会っていく、その辺がうまく展開してくると、グローバル時代というのは、面白い時代になってくると思います。だから私は昔から、「地球の時代は、地域の時代」と言ってきました。この地球時代を担う地域の展開を、旧態依然たる国家の枠組みの中に封じ込めてしまおうとすると、非常に時代逆行的な力学となり、誰もがハッピーになれない。そこを思い切って、どう解放していくかが“みそ”になってくる。例えば、関西広域連合でも、「同じ論理でまとまらないと困る」というやり方で行くと、かえって反発を招きます。むしろ解放して、独自性を強く持つ者同士が連携する姿になっていけば、素晴らしいエネルギーや創造性が生まれてくるはずです。
冨田 これからの日本は、「質実国家」を目指すべきだと思います。武村さんが平成六年に『小さくともキラリと光る国・日本』という本を書かれましたが、まさに今の時代にぴったりですね。やはり3・11の経験を踏まえて、武村さんのご指摘のように「環境立国」に向かうべきです。その原点は、滋賀県にあります。
武村さんが知事時代、琵琶湖に赤潮が発生したことに危機感を抱き、富栄養化の原因物質である窒素・リンの排出を減らそうと、全国に先駆けて昭和五十五年に「琵琶湖富栄養化防止条例」を施行されました。さらに世界の湖沼保全を提唱し、昭和五十九年には世界湖沼環境会議も開かれました。このように滋賀県は“環境先進県”として全国をリードし、それが稲葉稔知事、国松善次知事、そして嘉田知事へと受け継がれてきました。さらに最近では、嘉田知事は、総合的な流域治水にも取り組んでおられます。
美しい琵琶湖を後世に伝えるためにも、「卒原発」を急ぎながら、国家を挙げて再生可能エネルギーの開発に力を注ぐべきだと思います。
武村 明治から百四十年ほどが経過しましたが、この間、われわれ日本人は“大国主義”を求めてきました。前半の八十年は、結果として“軍事大国”の道を歩んで、大失敗をしました。そして、失敗の後の六十数年間は、“経済大国”という道を走ってきました。これも失敗とは言えませんが、いま一つの壁にぶつかっています。
そういう意味では、大国主義という考え方が、もう終わりに近づいています。事実、人口は減り始めました。GDP(国内総生産)は、中国に抜かれました。もともと、日本は、四つの小さな島で成り立っている国です。そこへ経済規模や人口規模でも、少しずつダウンサイジング(規模の縮小)を始めている状況ですから、これを素直に受け止めて、大きい国を目指すという考え方は、そろそろ卒業して、「中身で、質でいこう」という時代になってもいいんではないか。
関西電力ではこの冬も一〇%節電を呼び掛けていますが、われわれも仕方がないと思っています。去年の夏には、東京は一五%ぐらいの節電をしましたが、それは、もう既に自ら行動を起こして、少し始末する暮らしを実践し始めた証しです。例え経済全体の規模が小さくなろうと、人口が減ろうと、「少し貧しくなっても、少々不便になっても、将来の展望が見通せる、希望のある国であればいいではないか」という言い方を私は一回してみたいんです。
司会 本日は、ありがとうございました。
(注1)環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)=米国が主導国となり、環太平洋に、大規模な自由経済圏を築くことを目標に、加盟国の間で取引される品目に対し、関税を一〇〇%撤廃しようとする枠組み。
(注2)寺田 寅彦(明治十一年~昭和十年)=戦前の日本の物理学者。また随筆家、俳人でもあった。なお『吾輩は猫である』の水島寒月のモデルともいわれる












