藤澤日野町長らが被災地へ
◇東近江・日野
蒲生氏郷公ゆかりネットワーク共同宣言が縁で日野町と交流を続けている福島県会津若松市に救援物資を届け、現地でのボランティア活動に参加するため、藤澤直広町長をはじめ総勢十人が「会津若松応援隊」を結成し、十三日午前六時半に日野町役場を出発した。
福島県会津若松市は、市内外の避難者以外に、福島第一原子力発電所の一号機から四号機までが立地する大熊町の役場・学校機能とともに町民約二千二百人を受け入れた。廃校を活用し、十六日に入学式、十九日には始業式が行われる予定だという。
避難者の増加に伴い、需要が増した食料品。そこで、日野町と同町社会福祉協議会は、急きょ九、十、十一日の三日間、町民に米や野菜など救援物資の提供を呼び掛けた。短期間ながら、近江米約百三十俵(七千八百キロ)と野菜・果物約三十箱のほか、粉ミルク、毛布、紙おむつ、洗濯用洗剤など日用品も多数寄せられた。
集まった救援物資は、株式会社泉倉庫(岸村嘉平社長)の全面協力により、運転手付きで無償提供された八トンと四・五トントラックに積み込まれた。
派遣された会津若松応援隊のメンバーは、藤澤町長と福永豊生涯学習課長、壁田文福祉課参事、山田敏之企画振興課主任、野瀬ひろみ介護支援課主任主事、山本重夫社会福祉協議会主事、日野町赤十字奉仕団の藤澤よし子副委員長、古道静子東桜谷分団長、泉倉庫のトラック運転手(井上栄治さんと岸村忠明さん)二人の計十人。
午前六時半から日野町役場正面玄関前で行われた出発式で、「住民の温かい真心を届けてほしい」との多くの激励を受け、藤澤町長は「まだまだ大変になってくる可能性のある被災地の現場へ行き、町民みなさんの温かい気持ちと元気を届けるとともに、日野町としてできる支援はどういうことなのかを見つめ、避難されている方には『いつでも滋賀県・日野町へ来てください』と呼び掛けたい。また、行政と民間が果たす役割の大きさが日本全体で再確認されていることからも、日野町での取り組みを含めてしっかりと学んできたい」と語った。
会津若松応援隊は、十三日午後五時頃に会津若松市の物資センターへ到着し、翌十四日に炊き出し参加と福祉(介護)ボランティア、現地視察の三班に分かれて活動を行い、十五日夕方に帰路に着いた。







