中国仏教の影響を示す
◇湖西・高島市
滋賀県教育委員会と財団法人滋賀県文化財保護協会はこのほど、平成二十年度から発掘調査を実施している高島市鴨の天神畑(てんじんばた)遺跡から見つかった“金剛般若波羅蜜経(こんごうはんにゃはらみつきょう、略称=金剛般若経)”が、「全国三例目となる貴重なこけら経であることが分かった」と発表した。
この遺跡は、縄文時代後期から中世にかけての複合遺跡。鴨川広域河川改修事業に伴い、平成二十年度から発掘調査を展開。調査では、対象区内を蛇行する深さ二・五メートル程度の河道が検出された。
両岸が検出されていないため幅はわからないが、三十メートル以上になるようで、縄文時代から中世にかけて長い時間河道として機能し、近世初め頃に埋没したと考えられる。
平成二十一年二月、この河道の堆積層の中から百十五点におよぶ「こけら経」がほぼ一塊で出土した。堆積層の年代は中世後半、こけら経は中世後半に水が緩やかに流れていた河道に納められたものと推測する。
こけら経とは、薄い板材(こけら)に経典を墨書したもので、ほとんどが遺跡からの出土品。藤原理恵氏の集成によると、全国で百二遺跡から出土しているという。
これまで出土したこけら経の大半は「妙法蓮華経(略称=法華経)」が記されており、法華経以外では「阿弥陀経」や「般若心経」、女性の信仰にかかわる「血盆経」などの出土が知られているが、出土例は非常に少ない。
今回、天神畑遺跡から出土したこけら経で経典名が推定できるもの百十五点のうち三十八点が「金剛般若波羅蜜経(略称=金剛般若経)」だった。金剛般若波羅蜜経の出土例は全国で三例目となり、二例が県内出土であることから、その意義が注目されている。
金剛般若波羅蜜経は鳩摩羅什(くまらじゅう)訳の古い経典だが、特に中国の禅宗で重んじられた。日本に伝わる金剛般若経の多くは、中国から渡来した僧や中国の留学から帰国した禅僧らが書写したもの。中世の近江は、入元僧である寂室元光(じゃくしつげんこう)が永源寺を開いて臨済宗永源寺派の祖となるなど、中国新来の仏教文化に特に敏感な土地柄だった。近江出土のこけら経には、中国仏教の強い影響が示されている可能性が高まる。
出土したこけら経百十五点の経典別内訳は、妙法蓮華経六十九点、金剛般若波羅蜜経三十八点、梁朝傅大士頌金剛経三点、摩訶般若波羅蜜経二点、大般若波羅蜜多経一点、法華経開示抄一点、十二門論宗致義記一点。一遺跡からこれほど多彩な内容のこけら経が発見されたことは、他に例がない。
また、出土したこけら経の中に誤字を修正したものがある。誤字である印として「ヒ」の字を横に書き入れている。出土品には「他」の字を「佛」と書き間違えたので、それを修正するために誤字の左側に小さく「ヒ」と書き入れ、正しい文字を右側に書き入れたものなどがある。この「ヒ」は“見せ消ち”と呼ばれるもので、修正前の文字が見えるようにした修正方法。「ヒ」の見せ消ちのあるこけら経が見つかったのは、全国でも初めて。今回出土のこけら経は内容が豊富で、日本の仏教史・典籍学・国語学において貴重な資料といえる。






