石榑峠トンネルの経済効果 岡地勝二・龍谷大学経済学部教授(経済学博士)
◇東近江
湖東と三重県北勢地域との地域経済や文化のスムーズな交流を阻んで来た鈴鹿山系の壁に風穴をあける石榑トンネルが、ことし1月に貫通し、三月末に完成する見通しだ。同時に建設が進められているアクセス道路の完成を待って開通する。
供用が開始されると現道より三十分の時間短縮が見込まれ、冬期の通行止めの解消や通行の安全性の向上が図れるともに、人の往来や経済、文化の交流が飛躍的に容易になり、開通後の効果に期待が寄せられている。トンネルが完成する意義を岡地勝二・龍谷大学経済学部教授に検証してもらった。
「海」、この言葉に近江の人々は一種の母を思うように慕ってきたに違いない。確かに近江には、大きな湖があり、それが近江の人々の自慢でもある。しかし、この湖上でどんなにもがいても「海」に出ることはできない、海に出たい、というのが近江の人々の切ない夢だった。なぜなら海は、世界に通じて入るからだ。海は人々に夢をもたらす母の様なものであるに違いない。
そんな海への出口がこの湖国の地にも現れるようになった。喜ばしいことである。
「石榑峠」にトンネルが完成する。これまで、伊勢の海へ出るのに、近江の人々にとって大げさな表現をすれば、それこそ必死のドライブであった。
冬は深い積雪のために通行不能になり、夏は集中豪雨で土砂崩れに遭い、通行不能になった。いや、たとえ晴天であっても幾重にも細く、曲がりくねった道路故に、速度を上げることができず、この峠を越えることは、それこそ命がけ、ということもあった。それでも近江の人々は本当の海へ出ようとした。そこには限りない夢があったから。
近江の人々には「八風街道」として親しまれている国道421号線が近江八幡市の国道8号線と三重県いなべ市を結んでいる。かつて、この街道は「近江商人」と「伊勢商人」が交流した大切な街道であった。これら二組の商人達は、自分のところでとれた自慢の産物を交換するためにこの街道をせわしげに往来した。そんな道路に人々の長年の悲願であったトンネルが、もうすぐ完成するのである。あと数百メートルも掘れば貫通するという。それは二〇〇九年一月中のこと、という。
このトンネルが開通すると、一体どのような効果がが発生するのか、経済面にスポットライトを当てて考えてみよう。このトンネルの長さは全延長で四、四〇〇メートルであり、実際に掘った長さは四、一五七メートルだ、という。つまり、四キロ以上にもなる長いトンネルなのだ。
さて、投資が実行されるときに、経済学の分野では必ず「費用・便益分析」がなされるのが一般的である。投下した投資に比べてどれぐらいの利益が発生するのか、を知るためにこの分析はなされる。投下した投資に比べて利益が極めて大きいときは、その事業は大成功だ、と考えられ、逆の場合は失敗だ、と考えられている。
しかし、経済学では、ある投資が実施されると、実際に計算される利益もさることながら目に見えない利益、つまり、幾ら利益が上がったか、と計算できない効果をも発生する、と考える。計算できる利益を「直接効果」といい、計算できない利益は「間接効果」と呼んでいる。
この「費用・便益分析」をこの石榑峠トンネルに用いて考えてみよう。滋賀国道事務所発行の資料によれば、この工事の総費用は一四四億円となっている。一方、この事業から発生する便益は、二五六億円と見積もられている。そこで、費用・便益の比率を計算してみると一・八という値になる。つまり、費用に対して約二倍近い便益をもたらすことになる。一般に、経済学的には「費用=便益」という算式が成り立てばこの計画にゴー・サインが出るようだ。
さらに、先の資料によれば、このトンネルができることによって、近江から伊勢へ行くのに約三〇分、時間の短縮が可能になり、それがもたらす便益が約四十年間で二一一億円であり、また、三十分走行時間が短くなって生じる燃料費の節約が約四十五億円と見積もられている。以上が先に述べた直接効果である。
次に、目に見えない間接効果について考えてみよう。このトンネルができたことによって人々にとって近江から三重へ出かけるのに随分、精神的に「ゆとり」が持てる筈である。また、トンネル工事に伴って発生した景観の「美化」はここを通る人々をきっと和ませるに違いない。さらに、トンネルの完成によって、近江と三重の人々の往来が従来にまして頻繁になり、そこに人と人とのふれあいが生じ、友情が芽生え、新たな地域間交流が振興されるであろう。そのような出来事は、地域の将来を担う若人には極めて重要なことである。これをトンネルがもたらす「教育的効果」と名付けることができる。
もちろん、この教育的効果は、間接効果に含まれることは言うまでもない。この間接効果は、全額で計算できないものの、万一、計算できるものなら、きっと直接効果と同じほどの大きさになるに違いない。
このような考えに従えば、すでに述べた算式である「費用=便益」が成り立てば、その公共計画は実行されることになる。なぜならば、便益の中で間接効果が極めて大きい、という事実が分析によって明らかになるからである。
石榑峠トンネルの完成に伴って、道路状態が大幅に改善され、交通事故の危険性が低下すると、近江の地に存在する数多くの名所旧跡に人々がこぞって訪れることであろう。つまり、近江は中京や三重の人々にとってこれまで以上によき観光スポットになる、と思われる。
当然のこととして、このトンネルを通して近江で生産された財は、三重の港にたやすく運ばれるようになり、そこから遠く外国へも出回るようになり、外国の人々に近江の財が受け入れられることとなる。まさに海は人と人とを結ぶ大きな橋といえる。そんな海が近江の人々のすぐそばにやってくる。
●岡地勝二氏のプロフィール
1942年生まれ。関西大学経済学部在学中、ロータリークラブの奨学生としてジョージア大学に留学。卒業後、ミノルタカメラ貿易部に勤務。ジョージア大学大学院M.A 名古屋市立大学大学院博士課程単位修得、フロリダ州立大学大学院Ph.D 経済学博士(京都大学)。現在は龍谷大学経済学部教授。近江八幡市在住。
著書に「国際経済学」(多賀出版)、「国際資本移動と外国為替相場」(同文館出版)、「経済学の基礎」(京都法政出版)、「マクロ経済はどこまで進んだか」(翻訳、東洋経済新報社)など多数ある。









