開墾のルーツ明らかに
◇東近江
財・滋賀県文化財保護協会は一日、蛇砂川改修事業に伴う八日市新川工事現場の金貝遺跡(東近江市野村町地先)の発掘調査の成果を発表し、奈良時代後半から平安初期の大型のものを含む掘立柱建物八棟や日本最古と考えられる三間社流造神社本殿跡、また、愛知川から引いたと推測されるかんがい用水路跡などが見つかるなど、愛知川左岸に広がる段丘上の開発の様相を知る上で貴重な資料を得られた認識を示した。
発掘された遺跡は、全国で大規模な開墾が奨励され、かんがい施設をつくり開発した墾田を永久私有することが認められた「墾田永年私財法(七四三年)」の制定と時代が重なり、後の荘園となっていく農地の始まりを知る上で貴重な場所であることが分かった。また、発掘された水路は、遺跡内を通るかんがい用水「筏川」との関連性にも研究の余地を残した。さらに、大規模の掘立柱建物は、住居ではなく統治を行う公的施設に使われた可能性が考えられ、三間社流造神社本殿跡の宗教施設との関係など考古学的に興味深い遺跡であることが明らかになった。
見つかった堀立柱建物跡地は、新川ルート上にあることから遺跡はなくなるが、日本最古と考えられる三間社流造神社本殿跡については、保存の方向で地元と協議が進められている。
同協会では、二年がかりで進めてきた同遺跡調査の現地報告会を七日午後一時から行う。また、このあと午後二時半から地元の野村公民館で調査成果の報告会を行う。






