『芸術家としてのモーツァルト』伝記作家ニッセンの報告
モーツァルトの早すぎる死の原因(5)
さらにモーツァルトの早すぎる死が、いかにしてもたらされたのか、彼の勤勉な精神活動についての言及がある。「彼の体の成長の遅れは、子供時代の精神的緊張とその発達過程に起因するものであり、一部の人たちが主張しているように、子供時代の自由な運動不足によるものではない。というのは、まさに子供時代と青年時代に、彼はたくさん遠方への旅をしたのだが、旅そのものが彼の大半の運動になっていたからである。もっとも後年、研究や作曲活動の際に生じた運動不足が、彼の身体に有害な影響を与えた可能性はある。
彼は容姿端麗な両親のもとに生まれ、自らも美しい子供だった。しかしこの世では、はたして美しさは、いかにして維持されうるものだろうか、その人生で、とりわけ夜間に作曲と詩作をした人物の場合は、なおさらである。モーツァルトが夜に演奏し作曲するのを最も好み、その仕事はしばしば期限の迫ったものであったことはよく知られていた。それゆえ、繊細に生まれついた彼の身体が、そのためにどれほどダメージをうけたかは、容易に想像されるところである。決して強靭とはいえない体質を持った彼が、尋常ならざる勤勉という厳しい試練に耐えることは、期待できないことであった。健康が失われていくにもかかわらず、熱意がいや増しに増したのは、彼の精神が肉体の犠牲の上に陶冶されたためと説明される。陶冶の過程では、肉体は忘れ去られ、ただ精神的成長のみが目指されたのである。そして自らの死が近づいているという意識が、彼の奮闘努力にさらなる熱意を与え、勤勉が度を越えて、しばしば気絶するまでになるのであった。この間断ない精神的努力は、必然的にタッソー(16世紀の詩人)やルソーが苦しんだのと同様の無気力と衰弱へと自らを追い込んだ。すなわち、彼は憂鬱状態に陥り、いつもぞっとするような死神の姿を見るのであった。心に残るこの不幸な形象は、彼の最後の、最も高貴な作品を生み出すことになったある出来事によって、さらに強められた。彼の早すぎる死は、もちろん人為的に引き起こされたものでないにしろ、こういう原因によって、もたらされたにちがいないのである。」精神に対する過剰な負荷が、肉体をむしばみ、彼の死を早めたという説明は、モーツァルトの死因を考える時、大きな示唆を与えてくれるように思われる。
モーツァルト・バー「キール」
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