豊臣秀長が見ていた近江を新発見して
ゆかりの地と戦国を様々な切り口で発信する取り組みが始動
【全県】 今年のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」が4日からの放映を予定している。後に天下人となる豊臣秀吉を支えた弟・豊臣秀長を主人公に描かれる戦国ドラマの内容に関心が高まる中、近江にも足跡の残る秀長と関連の歴史にスポットをあて、地域の魅力を改めて多くの人に発信していこうという取り組みが県内で動き出している。各取り組みの関係者らは、「豊臣兄弟が見ていた風景が今も残る近江で、ドラマが描く時代に思いを馳せてほしい」と期待している。(羽原仁志)
豊臣秀長と近江
最初期の足跡と賤ヶ岳合戦
豊臣秀長は1540年(天文9年)、兄・秀吉の3歳年下の弟として尾張国(現在の愛知県)に生まれた。若いころの名は小一郎。兄に続いて織田信長の家臣となる。
秀長が歴史上に登場するのは、一般的には信長の伊勢攻略(1574年)に先陣の一人として参加し、一揆勢と戦った記録からといわれるが、長浜城歴史博物館の福井智英館長は、昨年11月22日に旧余呉文化ホール(長浜市余呉町中之郷)で行った講演会「秀吉の天下取りへの第一歩~賤ヶ岳合戦を読み解く~」の中で、1573年に秀長から戦乱で村を離れていた黒田庄(長浜市木之本町)の住民へ「兵士たちに乱暴はさせないので、安心して村へ戻るよう」と呼びかける古文書が市内に残っており、秀長最初期の史料として注目を集めていることをはじめ、旧伊香郡内には秀長の書状が多く残っていることなどから「秀長は信長の浅井氏攻め(1570年~73年)にも参陣していたのではないか、伊香郡内に所領があったのではないかという説もある」と紹介した。
福井館長の解説によると、秀長は当初、長秀と名乗っていた。秀吉に従って各地を転戦。中国攻めにも参加し、特に播磨・但馬(現在の兵庫県)攻めで戦功を挙げ、但馬国の竹田城や出石城の城主に就いた。1582年(天正10年)、本能寺の変の後、明智光秀を秀吉が討った山崎の合戦でも秀長は戦功を挙げている。
1583年(天正11年)3月、兄の秀吉と織田信長家臣団でも重鎮だった柴田勝家が余呉湖周辺で信長没後の主導権を争った賤ヶ岳合戦がぼっ発すると、秀長は田上山砦(同市木之本町木之本)に陣を構え、前線で指揮を執った。
講演のまとめとして福井館長は「賤ヶ岳合戦は秀吉・秀長兄弟が活躍した戦いで、特に秀長にとっては前線を任されていた大将のようなポジションだった。大河ドラマでは、秀吉・秀長兄弟が賤ヶ岳合戦で活躍する姿を丁寧に描いてほしい」と期待を述べた。
秀長はその後、1584年(天正12年)に名を長秀から秀長に改める。1585年には大和国郡山城(現在の奈良県)へ入城し、近畿の南東部の大半を治めるようになる。1591年(天正19年)1月22日、郡山城で病没。享年52歳だった。
講演会後、滋賀報知新聞の取材に対し、福井館長は「近江、特に北近江は、兄の秀吉が初めて一国一城の主となったところなので、それを支える秀長にとっても特別な地域だったと思う」と語っている。
北近江豊臣博覧会
長浜で「戦国を攻略せよ」!
長浜市では、NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」の放送を契機とした事業「北近江豊臣博覧会」を2月1日から12月20日までの323日間、市内全域を会場に展開する。
同事業のテーマは「絆でつなぐ 次世代を見据えた北近江の創造」。主催する実行委員会では「現代を生きる私たちにも、戦国の世を必死に生きた人々の人生に触れることで、心が揺さぶられたり、共感したり、明日を生きる勇気をもらえる」とし、博覧会のキャッチコピーを「『戦国を攻略せよ』数多のものがたりが生まれた地と あなたの人生が今、交差する」とした。
また、公式ロゴマークには、かつて長浜城主を務めた豊臣秀吉の馬印として知られる「逆さ瓢箪」をメインモチーフに、兄弟の絆や武将たちの結びつきをイメージした「紐(ひも)」、地域と歴史のつながりを想起させる琵琶湖の「波」、長浜で製造されていた「火縄銃」などのモチーフを取り入れてデザイン。配色は金色をイメージした黄色と水色を用いて「秀吉」と「琵琶湖」を想起させる。
同事業では期間中、次の市内3エリアに拠点を開設する。
▽長浜城下町エリア=テーマは『兄弟の絆』。長浜別院大通寺総会所(同市元浜町)に「豊臣兄弟!北近江長浜大河ドラマ館」を設置。ドラマ関連の展示をはじめ、大通寺全体を会場に秀吉に関するパネル展などを予定している。開館予定時間は午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)。入館料は一般600円、小中学生300円。また、会場近くに博覧会のお土産を買える場所として、秀長の幼名から名付けたショップ「小一郎」を設ける。
▽浅井・小谷城下町エリア=テーマは『家族の絆』。旧浅井商工会事務所(同市内保町)
に「義と絆館」を開設。浅井長政と浅井三姉妹の家族のものがたりを中心に独自展示を行う。開館予定時間は午前10時~午後5時。(入館は午後4時30分まで)。入館料は一般200円(高校生以下無料)。
▽賤ヶ岳合戦エリア=テーマは『家臣の絆』。賤ヶ岳合戦の際、秀長が本陣を構えた田上山砦跡などの散策ルートを地元の有志が整備。伐木などを行い、戦国時代に武将たちが見たのと同じ形を残す山々を臨むことができるようにした。また、4月4日からは旧余呉文化ホール(同市余呉町中之郷)に「賤ヶ岳戦国ステーション」をオープン。9メートル×5メートルの賤ヶ岳合戦の陣形フロアマップ上で地元ボランティアガイドによる賤ヶ岳合戦の解説が行われる他、各史跡の紹介パネル展示、フォトスポット、江戸時代に合戦の様子が描かれた浮世絵の展示などが行われる。
同事業に関する情報は随時、公式ホームページ(https://www.nagahama-sengoku.jp/)で発信される。
同市北近江豊臣博覧会推進室の三原了導室長は「地元の人でもこれまで知らなかった歴史にもスポットを当て、長浜全域を巻き込むような博覧会になる。たくさんの人に長浜へ来てもらい、大河ドラマも盛り上げていければ」と述べている。
戦国ディスカバリー滋賀・びわ湖
戦国近江の魅力新発見へ
県でも、NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」の放映に関連し、県全域で「戦国」をテーマとした観光キャンペーン「戦国ディスカバリー 滋賀・びわ湖」を昨年11月8日から今年12月31日まで開催している。
コンセプトは、「武将」や「城」といった定番のものに止まらず、「多文化共生」や「まちづくり」、「女性の活躍」を伝えるとし、歴史に関心が高い層以外の広い観光客層へ訴求を目指す。
小刀づくり体験など県の観光「シガリズム」メニューのうち、戦国時代を体感できる既存コンテンツや新たな戦国メシメニューの開発などに加え、主な特別企画として、県内の城をめぐる「湖国名城万華鏡巡り デジタルスタンプラリー」(2月中旬頃まで)、フォトコンテスト「しがのフォトコン」に戦国賞を追加(2月4日まで)、EVレンタカー割引企画によりサステナブル(持続可能な)ツーリズムの推進、「戦国武将in東海道新幹線」と銘打ち、貸し切った新幹線1両に甲冑を身にまとった武将隊が乗り込み、東京から滋賀間、クイズ大会などでキャンペーンを周知し、県内の大河ドラマ館へ案内する企画、県北部地域にゆかりの深い7人の戦国女性の焦点をあてたツアーなども企画・実施している。
また、ドラマ関連としては、豊臣秀長ゆかりの愛知県、奈良県と連動し、3県それぞれの大河ドラマ館や豊臣家ゆかりの地を巡る広域連携周遊企画などを予定。さらに、昨秋、安土城跡で導入された戦国武将ARと記念撮影ができる復元・体感アプリ「安土城」へ豊臣秀長の実装なども予定している。
安土文芸の郷公園(近江八幡市安土町桑実寺)で行われたオープニングセレモニーには、ドラマで明智光秀を演じる要潤さんと丹羽長秀を演じる池田鉄洋さんをゲストに招き、盛大にキャンペーン開始を祝った。
ドラマでも活躍あるか!?
秀長家臣の近江戦国武将
豊臣秀長には多くの近江出身武将が家臣として支えていた。主な武将を紹介する。
小堀正次=長浜市小堀町出身。秀長の優秀な事務官僚として検地などを担当。秀長の郡山城入城にも従う。息子は江戸時代に茶や書、作庭などに優れた文化人として知られた小堀政一(遠州)。
上坂意信=長浜市西上坂町出身。地域の有力な土豪。秀長に従い中国攻めに参陣。上坂家には秀長の書状がまとまって伝来している。
藤堂高虎=甲良町在士出身。中国攻めや賤ヶ岳合戦で秀長の右腕として活躍。技術面から秀長を支えた。
小川下野守=近江出身と伝わる。秀長の与力として仕え、郡山城時代には秀長三家老の一人になる。
NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」
初回は4日放送予定
『秀長が長生きしていれば豊臣家の天下は安泰だった』 とまでいわしめた天下一の補佐役・秀長の目線で戦国時代をダイナミックに描く。
昨年3月、主役の豊臣秀長を演じる仲野太賀さんが県庁で三日月大造知事を表敬訪問し、意見交換した。中野さんは「滋賀県は、豊臣兄弟にとってのスタートアップの地・北近江はもちろんのこと、秀長が最も頼りにした家臣の藤堂高虎、秀吉の懐刀・石田三成ほか、名だたる戦国武将とゆかりのある県だと聞いております。大きな琵琶湖のほとりで、豊臣兄弟は群雄割拠する敵や仲間に揉まれながらどんどん力をつけ、やがて天下に打って出たと知りました。『豊臣兄弟!』でも、滋賀県ゆかりの武将を演じる方々に揉まれながら、観てくださる皆さんの記憶に残る大河ドラマを目指したいと思います。応援、宜しくお願いします」とコメントしている。












