県政NOW 「時代を映す運動会、地域との架け橋に」
10月は運動会シーズンと言われ秋の運動会が主流でしたが、気候の変化や2学期以降に行事が集中するため春の運動会が増えてきました。
運動会の始まりは、明治7年に東京・築地の海軍兵学寮で開催された「競闘遊戯会(きそいあそび)」と言われています。当時は、スポーツという概念がなく、海軍兵学寮の授業は座って学ぶ座学が中心で身体を動かすことはほとんどなく、学生のストレスを発散させるための運動として日本で初めての運動会が開催されました。
運動会の歴史は、学校と地域の関わりの変化を色濃く反映しています。明治維新の近代学校の目的は、西洋に追いつくための知識や技術の習得でしたが、人々との生活とかけ離れたもので子ども達が学校に来ないため徒競走や踊りなど親しみやすい運動会を通じて学校はどんなところかを発信してきました。
日清戦争以降、強国の道を歩む中、訓練や行進など戦時色が濃くなり、消火活動を想定したバケツリレーといった種目もありましたが、戦後は大きく様変わりし、子ども達が主体的に経験を積むこと、地域との関係を持つことが運動会のコンセプトとなりました。
1990年代以降は、地域の共同体より家庭の声が強まり、家族から批判されないよう配慮した運動会が催され、働き方改革も伴い、日程を縮小する傾向が見られます。
これからの運動会はどうあるべきかを考えるに、今日、子ども達の校外での体験格差は広がるばかりで、その格差を埋める場を学校に期待するところは大きく、運動会を通じて子ども達が主体性をもって経験できる場を与えられることが大事ではないかと考えます。
一方で、地域交流の場として開催されてきました町内運動会も運営メンバーの高齢化や子育て世代が参加しにくい状況にあることから見直しの時期を迎えています。
少子高齢化が進む中、学校は地域の拠点として見直される面もあり、運動会を100年以上蓄積してきた資源として、地域と学校の重要な架け橋と捉えてはどうでしょうか。






