『モーツァルト 父の夢、子の夢』(16)『モーツァルト 父の夢、子の夢』の面白さ
ある出来事をきっかけに、仲睦まじかった二人のお間に亀裂が入り、その亀裂が徐々に大きくなって、関係が完全に切れてしまう、これは人間関係が破綻するときのお決まりのコースです。出来事そのものは、ほんの些細な事なのですが、それがお互いの疑心を生み、疑心が不信に発展し、不信が裏切りの感情に直結し、愛が反転、憎しみへと転ずる。おそらくどこかの地点で、虚心坦懐に話し合えば、誤解を解くことができたのに、人はなかなか立ち止まることができない。恋人以上に蜜月関係にあったモーツァルト父子も、徐々に大きくなっていく亀裂を、どうすることもできず、数年後の関係決裂の日を迎えます。もっとも、この父子の場合、心の底にあるものをお互いにさらけ出しても、結局のところ、問題解決は難しかったかもしれません。父の願いと子の願いがまったく背反し、折り合いをつけるなんてことが、どちらの立場からも想像できなかったからです。父親は、相も変わらず息子にモーツァルト家の稼ぎの中心であることを求め、家族の埒外にでることを厳禁したのに対し、息子はモーツァルト家の稼ぎ頭であることに嫌気がさし、家を出て自分の人生を生きたいと願うわけですから、折り合いにはほど遠く、対立を和らげる妥協点はまったく見出せませんでした。この場合、賢明な親であれば、息子の要求に理解を示し、息子の夢の実現に手を貸しながら、親の立場を理解してもらうように、手を尽くすことができたかもしれません。だが、レオポルトは聡明な頭脳をもっていたにもかかわらず、そういう対応をすることができませんでした。息子は父親に従うものだという父権主義が骨の髄まで染みついており、それが柔軟に相手の声に耳を傾け、バランスの取れた判断をすることを困難にしたのです。ここで女親がいれば、その頑なさにストップをかけ、押し戻すこともあり得たかもしれませんが、母マリア・アンナはもうこの世の人でなかったことが、悲劇を倍加させました。ザルツブルクへ帰還後、2年して、モーツァルトはいよいよ、父親との決別の気持ちを行動に移します。ウィーン移住です。『モーツァルト 父の夢、子の夢』は、決裂前の微妙な親子の心の変化を、書簡小説のような鮮やかさで描き出しています。
* 来月から、新シリーズ「モーツァルトの実像、伝記作家ニッセンの報告」をお送りいたします。初期の伝記作家ニッセンが直接モーツァルトの関係者から聞いた話をレポートします。
モーツァルト・バー「キール」
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