『モーツァルト 父の夢、子の夢』(15)ザルツブルクへの帰郷
「最愛のお父さん、僕はいま、つべこべ言わないで父さんのところへ(でも、ザルツブルクへ、ではありません)行ってしまうことが楽しみだと断言します。なぜならいま、先日の手紙で父さんが僕のことを、これまでよりはよくわかってくれていることを確信したからです。」モーツァルトはとうとう観念し、ザルツブルクへの帰還を表明した。それでも、これまでの息子の行動に不信の念を持っているレオポルトは、息子がまた変な気を起こし、突然別のところに行ってしまわないよう既に手を打っていた。知人で商人のクシュヴェントナーさんと一緒に帰ってくることを厳命し、最大限の注意を払って、息子の帰郷に備えたのである。だが、そんな父親の気持ちを察していながらも、モーツァルトは、最後の抵抗のつもりか、従妹のベーズレを伴って帰りたいと匂わせた。「僕のベーズレがここにいます。…彼女は喜んで行きます。だからあの娘を快く迎えてくださるなら、どうかすぐに父さんの弟に、ことはうまく行っているって書いてください。父さんがあの娘に会って、あの娘のことを知れば、きっとあの娘に満足するでしょう。みんなあの娘のことが好きなんです。」もちろんレオポルトは、その願いを受け付けなかった。モーツァルトにしてみれば、叔父からの返答をもらうあいだは、出発を後らせることができるかもしれないと期待したが、父親は、「お前は、留まってはならない…もう言い逃れはできない。お前はオペラも見たことだし、それゆえに父さんは、お前が望んでいたことはすべてやった。お前が必ず、クシュヴェントナー氏と来ることを待ち望んでいる。」と書き送った。レオポルトにしてみれば、これまで息子に何度騙されてきたことか、これですべては打ち止めであるという、強い覚悟があった。万事休すである。モーツァルトは、1779年1月15日におよそ1年半ぶりに帰郷した。レオポルトにしてみれば、旅の成果は乏しく、時間とお金が無駄に費やされたうえ、妻をなくすという悲劇にも遭遇し、大きな悔いが残った。だが、息子モーツァルトは、違った。形の上では元の鞘に収まったように見えるが、青年期の熱いマグマは、そのエネルギーを徐々に溜めこみ、新しい未来へ向けて羽ばたくための大爆発の日を、密かに待つのであった。
モーツァルト・バー「キール」
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