『モーツァルト 父の夢、子の夢』(14)ミュンヘンで食らった肘鉄
ザルツブルク帰還の厳命を受けたモーツァルトは、最後の経由地であるミュンヘンに到着し、往路マンハイムで劇的な出会いをしたアロイジアを訪ねた。そしてモーツァルトにしてみれば、まったく意外なことであったが、アロイジアから見事な肘鉄を食らったのである。扉を開けて夢のような再会を期待していたモーツァルトに、アロイジアは相手が誰であるか分からないという表情で、おそらく「どなたさまですか」と誰何(すいか)したのであろう。これには、さすがのモーツァルトも傷ついた。失意のどん底に落ちた彼は、その夜、父親に、失恋したという事実を一切言わず、直接慰めを求めた。いかにも傷ついた子供が泣きじゃくりながら親の愛撫を求めるのと同じである。
「僕は、ありがたいことに25日に無事ここに(ミュンヘン)つきました。けれど、父さんに手紙を書くことがきょうまでできませんでした。僕は父さんに再会して、直接口頭で話せる幸せと喜びがあるなら、何もかも取っておきます。なぜならきょうは泣くことしかできないし、気持ちがすっかり感じやすくなり過ぎているものだから・・・僕は生まれつき字を書くのが下手で、そのことは父さんも知っているけれど、なぜなら僕は、字を書くのを学校で習ったことがまったくないからです。でも、今回ほどひどい書きっぷりは、生まれてこのかた、一度もありませんでした。というのは、書けないのです。とても泣きたい心境なんです!父さんがすぐに僕に手紙を書いてくれて、そして僕を慰めてくれたらと、僕は望んでいます。」これに対してレオポルトは意味深長な言い方で息子に返答した。「お前の涙、お前の悲嘆、お前の心の不安の原因が、お前に対する父さんの愛と思いやりを疑っていることにほかならないならば、安心して眠り、安心して食べて飲み、そしてもっと安心して、こちらへ旅をして来ればよい。お前が父さんのことを、必ずしもすっかりとは知り尽くしていないことがよくわかる。父さんたちの友人の手紙からは、まさしくこのことが、お前の悲しみの主因であるかのように思われる。ああ、父さんは、それが別なものでないことを願う!」
父親の愛を疑う息子の不安から発する涙であれば、レオポルトにすれば解決は簡単。息子を100パーセント愛している自信があるからである。だが、ウェーバー家に関するものであれば、ことは厄介である。勘のいいレオポルトが息子の涙の意味を知らないわけがないだけに、彼の不安もいっそう高まるのであった。
モーツァルト・バー「キール」
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