『モーツァルト 父の夢、子の夢』(8)運命を変えたアロイジアとの出会い
恋は盲目とはよく言ったもので、マンハイムで年を越したモーツァルトは、父親へ初めて出会った少女の印象を次のように報告した。「あの娘の歌はとにかく本当に素晴らしくて、美しくて滑らかな声をしているんだ。あの娘に欠けているのは演技だけで、そのうちどこの劇場でもプリマ・ドンナになれる。」その後アロイジア一家と小旅行に出かけたモーツァルトは、身も心もその女の子に捧げんばかりに惚れ込んでしまい、挙句の果てに父親に手紙を書き、旅先を変更して彼女を連れてイタリアに行くという始末。日頃から、「女には気を付けろ」と息子に言い含めてきたこの厳格な父親は、息子の女狂いを、これまで経験したことのない人生の一大危機と感じ取り、即座に手紙を書いて息子の翻意を迫った。まずは、モーツァルトの手紙が与えたショックについて最初は穏やかに。「人はこの世で自分の幸せを求めて、また、たとえ平凡にすぎずとも生計が立つように努めて、そして善人や悪人、幸せ者や不幸者など、さまざまな類いの人々がいる中で、求める目標にたどり着くためには、最大限に自制して親切心を安売りせず、最大限の配慮なしには何も企てず、頭に血が上がった思い込みと、目が見えていないおよその思いつきに心を奪われてはならない、といったことには、お前が納得してくれていたであろうと、筋の通ったまともな願いを抱いていた。それだけに、この手紙には打ちのめされてしまった。」父親を神様の次に大事にしてきたモーツァルトにしてみれば、この文面は心に突き刺さったことだろう。レオポルトは、次に息子に昔話をして、幼少から仲の良かった父子のことを思い出させる。「残念なことに、父さんにとって楽しかった瞬間は過ぎてしまった。お前は子供の時に、そして少年になったときも、床に就く時にはきまってひじ掛け椅子の上に立ち、父さんに《オラーニャ・フィガターファ》を歌って聴かせてくれて、ときどき最後には鼻先にキスをして、そして父さんに、『父さんが年をとったらね、前がガラスのカプセルに父さんを入れて、空気に触れないように守ってあげて、そして父さんをいつもそばに置いて尊敬し続けるから』と言ってくれたものだ。」レオポルトは、人の心を読む術に長けている。手紙の最初から息子を怒鳴りつけては、手紙の続きを読んでくれないだろうと考え、まずは情に訴えた。そして、そのあとは真綿で首を締めるように、徐々に怒りのトーンを上げていく。これまでのモーツァルトの軽薄な行動を具体的に示し、その際の熟慮慎重さが足りなかったことを立て続けに責める。だが、息子の心に生まれた大きな変化が、その後の彼の人生の行く末に大きな影響を与えることになるとは、誰が予測しえたであろうか。
モーツァルト・バー「キール」
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