「ステージパパ、レオポルトの本音」 最後の日の感慨(45)
――1787年5月28日に、臨終を迎えられましたが、最後の見届けをしてくれたのは、どなただったのですか。
レオポルト 私の最後を看取ってくれたのは、娘のナンネル夫妻とブリンガー神父でした。娘夫婦は、いよいよ私の最後の日も近いと感じていたようで、数日前から、泊まり込んで、私の傍にいてくれました。おかげで私は大きな不安を感じることなく、旅立つことができました。有難いことに、静かに往生を果たせたわけです。
――臨終の際のお話など、普通なかなかお聞きすることができないので、この際、敢えて質問させ頂きますが、死をどんな風に受け取られて、最後の日を迎えられたのですか。
レオポルト 私もいろんな方から、死の苦しみを聞き、また実際何度か臨終の場に立ち会わせていただきましたが、正直な実感を言うと、夢うつつの中、人生のさまざまな場面が、走馬灯のように駆け巡り、それが終わると、もう無意識の世界へ引き込まれましたので、じつにあっけないものでした。命が継続していれば、そんな夢からさめて、また自分の意識の定位置に回帰するのですが、もはや、その回帰はありません。「意識の回帰」がないということを、恐怖と感じるか否かは、結局、その人次第です。私は、「自分の人生を生き切った」と思えたので、自らの死を素直に受け入れることができました。聞く所によると、ヴォルフガングは、私に遅れること、4年で、この世を去ったようですね。私の半分くらいの短い人生。死の真相が、よく分らず、毒殺説までささやかれたことは、私も承知しています。死因はともかく、息子は息子なりに、生き切ったと思いますよ。36年に満たない人生で、626曲を書き上げ、後世の音楽家たちに大きな影響を与えるとともに、愛好者からは、讃嘆の声をもらい、息子の音楽が、人生の支えになった人たちもいるということを聞くと、私にはとうていできないことを息子はやり遂げたのだと、胸が熱くなります。神様から示された道を、私も息子も必死に生きたわけです。世間のどんな評価より、私自身は、そのことを誇りに思っています。
――実は2024年5月25日に、音楽の友社から、「モーツァルト 父の夢、子の夢」という本が出ます。マンハイム・パリ旅行記に編集を加え、お二人の丁々発止の会話に焦点を当てたとっても面白い書簡集ですので、そちらのみなさんにも宣伝していただけたら、嬉しいですね。
レオポルト 二人の手紙を取り上げていただいたのですね。それは、ありがとうございます。著者はどなたですか。
――私もメンバーに加わっている「モーツァルトの手紙を読む会」というグループです。
レオポルト 息子にも連絡しておきますわ。「本屋大賞」、取れたらいいですね。
モーツァルト・バー「キール」
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