「ステージパパ、レオポルトの本音」 故郷での単調な日々(30)
――マンハイム・パリ旅行から帰られてからの息子さんの日々の様子を教えてください。
レオポルト 私は、帰宅した息子を抱きしめ、その苦労をねぎらいましたが、私の妻の死については、当時の状況を確認はしましたが、息子の責任を追及することはいたしませんでした。ヴォルフガングには、これからの家計の一端を担ってもらわなければならないし、また息子には借金返済の必要性についても、言葉を尽くして説明してきましたので、あえて、息子の気持ちに負担をかけることはしないように気を使ったわけです。それに帰宅早々に宮廷内の仕事が始まりましたから、宮廷オルガン奏者としての職務の遂行、宮廷や教会への作品の提供など、単調ですが、忙しい生活に、息子は旅の苦労を徐々に忘れていくことができました。
――お姉さんのナンネルが日記をつけておられたようですね。
レオポルト ええ、彼女は目立ったことをするのは好きではありませんが、ささやかな日常を大事にしていましたので、そういう日々の細々したことを書きつけて、残しておいたのですね。面白いことに、時々、弟が姉になり代わって日記をしたためている所があったりして、息子の冗談好きが垣間見れて、興味深いですよ。
――日記に見られる日々は、どんな日常なんですか。
レオポルト いや、取り立てて言うほどのことはありませんが、ほとんど機械的といっていいほどの単調さです。毎日の礼拝、友人宅への訪問、逆に、友人、知人の来訪があったり、食事をご馳走になったり、友人をこちらへ食事に招いたり、トランプや射的会への参加、犬を連れての散歩、つまるところ、近隣の人たちとの交際と気晴らしの日々と言えばいいでしょうか。ヴォルフガングの生活も、宮廷での職務と作曲に費やす時間以外は、ナンネルと同じようなものです。のんびりはしてますが、刺激のほとんどない生活。
――息子さんのような人間には、そういう単調さは、耐え難いものがあったのではないですか。
レオポルト まあ、確かに息子はあまり生き生きした様子には見えませんでした。あれが、自分の創造力を遺憾なく発揮できるのは、それこそオペラなどの大きな作品の制作なんですが、なにしろザルツブルクには、そういうものを作る機会がないので、仕方ありません。
――そんな時に、ミュンヘンからオペラの制作の話が飛び込んできたのですね。
レオポルト ええ、1781年の謝肉祭用のオペラ『イドメネオ』の制作を、バイエルン選帝侯カール・テオドールさまから頂いたのです。先の旅行の際に、オペラの制作の希望を伝えておいたので、それが、ようやく実現されることになったわけです。あいつの喜びようったら!
モーツァルト・バー「キール」
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